ゆがけ (Yugake (a glove on the right hand))

弽(ゆがけ、かけ、しょう)は日本の弓道・弓術に於いて使用される和弓を引くための道具で、鹿革製の手袋状のもの。
弓懸けとも表記する。
原則として弓は左手、弽(ユガケ)は右手に嵌め、弦は親指根に掛けて弓を引くが、その際弦から右手親指を保護する為に使う。

概論

ユガケは和弓の登場時から親指に弦を掛け弓を引く「蒙古式(右図Fig.3)」の取り掛けをする日本の射法に合わせて独自に発展した道具であり、時代毎の流派や射術、弓射のあり方の変遷に伴いユガケもその時代毎に改良が重ねられ、現在の形に至る。
今日使われているユガケは日本に武士が使用していたユガケとは基本的な作りから異なり、一般的には三ツガケ、或は四ツガケと呼ばれる親指(帽子)と手首(控え)が固めてあるものが使用されるている。

ユガケを嵌める事を『ユガケを挿す』と言う。
原則として『正座をしてユガケを挿す・外す』『弓射以外の作業を行う際は必ずユガケを外す』事が基本的な作法である。
ユガケを挿す際、下に「下ガケ」と呼ばれる木綿等の薄い生地で出来た肌着のようなものを付けるが、これは手汗を吸い取り湿気からユガケを保護する為のもので、手汗を掻いた場合はこまめに取り替えるのが好ましい。

三ツガケは親指・人差指・中指、四ツガケは親指〜薬指までを覆い、親指には木(或は水牛等の角)を指筒状に刳り貫いたものが親指全体を覆うように仕込まれている。
さらに親指根〜手首部分が固めてあり、ユガケを挿しカケ紐で手首を適度に巻き締めることにより、手首〜親指は動きの自由度が殆ど無くなる。
この為ユガケを挿したままでは物を掴む等の行為が困難になるため、弓射以外の作業を行う際はユガケを外す事となっている。

ユガケの親指根には弦が引っかかる程度の浅い段差(弦枕)が付けられており、ここに弦を掛け、三ツガケは中指、四ツガケなら薬指を親指先に掛け、手首に適度な捻りを加える事により弦は保持される。
滑り止めに「ギリ粉(ぎりこ:松脂を煮詰めて乾燥、粉末状に砕いたもの)」を中指〜人指し指、或は薬指〜人指し指と親指先にまぶし、馴染ませて使用する。

弓射に於いて、ユガケの作りの善し悪しは行射の善し悪しに直接関わる極めて重要な要素であり、また、長年使い込まれ射手の手に馴染んだユガケはそう簡単に新調出来るものではない。
良い作りのユガケは適切な手入れを行っていれば一生涯持つと言われている。
これらの事からユガケは大切に扱う事が大事であるとされ、また(言語学的根拠に乏しいが)『カケ、変え』から転じて『掛け替えの無い…』という言葉の語源だと弓道家の間でしばしば言われている。

構造
素材
ユガケの親指には指筒状に刳り貫かれた木、或は水牛等の角(総称して「角」と呼ばれる)が入り、控え(手首部分)には牛革が固めの為に入っている。
親指に角を入れ固める事によって、弦の圧力から親指を保護し、控えを固める事によって手首の負担を軽減、また控えによって機械的なバネの効果を持たせ“弓道射法八節”の際有利に働くようになっている。

皮革には原則としてシカ革が使用される。
これは柔軟性、吸湿性、耐久性、肌理が細かく肌触りが良い、という点から、鹿革が最も適している為である。
稀に装飾目的で別の皮革が使用される場合もあるが、装飾に於いても多くは印伝等の鹿革由来のものが使われる。

鹿革は「燻革(ふすべかわ)」に加工したものを使う。
これは鞣した鹿革を、藁を燃した煙で燻しヤニを付ける(燻染め)事によって茶色に染めたものだが、燻染めを施すことで防菌、防虫効果を高め、また皮革を柔らかくしている。
鹿革をその他の色に染める場合も燻染めを施してから染められている。
ユガケの縫い目は一般的な縫製品に比べ非常に細かく、特に名人とされる弽師(ゆがけし・かけし)の手縫いは精緻を極める。

鹿革には「大唐(おおとう)」「中唐(ちゅうとう)」「小唐(ことう)」「チビ小唐(ちびことう)」といったグレード分けがされており、大唐は大人、小唐は子鹿と言ったように鹿の年齢からなる。
若い皮革の方が肌理が細かく柔らかいためユガケには最適だが、高価である。
1枚の鹿の皮革の中で最適な厚みや肌理、傷の有無等一番良い所から皮革を取るため、鹿一頭からはユガケ1つ分の皮革しか取れない。
現在日本の鹿は天然記念物として保護されているため、鹿革は全て中国等外国からの輸入品であるが、近年養鹿業は採算が合わないとして数が減りつつあり、将来的な供給が危ぶまれている。

部位別
堅帽子(かたぼうし)
三ツガケ、四ツガケ、諸ガケに見られる現在最も一般的な作り。
帽子(親指)に「角(木、或は水牛等の角を指筒状に刳り貫いた芯材)」が仕込まれており、それに覆われた親指先の自由度は全くない。
弦の圧力が親指に直接掛かる事が無く親指への負担が少ない為、矢数を掛ける事に適している。
親指根部分に弦を掛ける段差(弦枕)があり、弦枕の形状は射の運行、矢の飛び方に関わる極めて重要な部分。
帽子から控えまで固めた「堅帽子・控え付き」が現在最も一般的な作りで、「本ガケ」とも呼ばれる。

柔帽子・和帽子(やわらかぼうし・わぼうし)
帽子(親指)に固めの為の角が入っておらず、皮革が2枚以上重ねてあるのみである。
このため親指の自由が効き“弓道射法八節”の際に余分な抵抗が無いため有利であるとされる。

柔帽子・控え無しの三ツガケは、弦を掛ける感触が掴み易く且つ手首が自由な事から、初心者が弓を引き始める頃、または未経験者が体験的に弓を引く際に使わせる事もある。
弓道用のユガケの中では最も歴史が古く、武士が使っていたユガケに近い作りをしている。

節抜き(ふしぬき)
帽子の角の親指背にあたる部分が刳り貫かれ開いている造り。
親指全周を固めないため、親指の太さに合わせ易い。
堅帽子のユガケの作りの一種で、竹林ガケ等が節抜き。

控え付き(ひかえつき、俗称)
手首(控え)部分に固めの為の硬い牛革等が入っている。
三ツガケ、四ツガケに見られる最も一般的な作り。
柔帽子、堅帽子の別なく見られる造りの一種で、控えを固める事によって手首〜親指根の自由が無くなり手首が安定しやすい。
「堅帽子・控え付き」が現在最も一般的な作りで、「本ガケ」とも呼ばれる。
“弓道射法八節”に於いて控えの固めがバネのように働き、親指の跳ね上げが促され弦の運行を妨げないとされる。

控え無し(ひかえなし、俗称)
『控え付き』に対して、手首(控え)部分に固めが入っていない。
三ツガケに見られる。
また、諸ガケはもともと騎射ガケの流れを汲むため控えが無い。
柔帽子、堅帽子の別なく見られる造りの一種で、堅帽子では手首の固めが無い事から親指の動きが比較的自由になる為、“弓道射法八節”に於いて弦の運行を親指が邪魔し難いとされる。

種類別
三ツ弽(みつがけ)
親指、人差し指、中指の三指を覆う形状。
「三ツガケ」と言えば堅帽子で控え付きのものを指し、初心者はまず三ツガケをあてがわれる。
初心者〜中級者まで広く一般的に使われ、最も使用者数が多い。
帽子に固めの角が入っておらず、控えが無いものを「柔帽子」或は「和帽子」、帽子の背の部分を刳り抜いてあるものを「節抜き」と呼び、区別している。

四ツ弽(よつがけ)
親指、人差し指、中指、薬指の四指を覆う形状。
「四ツガケ」と言えば堅帽子で控え付きのものを指す。
薬指から親指に掛ける為、三ツガケより取り掛け(弦の保持)が楽であるとされる。
上級者の間で広く使われている。

竹林弽(ちくりんがけ)
日置流竹林派(ちくりんは)独自のユガケ。
三ツガケ、節抜きの堅帽子。
親指先、中指の腹の取り掛けの際に接触する部分に当て皮革がされており、全体的に独特な作りとなっている。

柔らかく作られている為、“弓道射法八節”に於ける帽子の働きを助ける為に「小紐」を一回り親指に絡めてカケ紐を締める。

諸弽(もろがけ)
五本全指を覆う形状。
堅帽子、控え無し。
取り掛け方は、使用者によって変わる(元々三つを使用していた場合は三つの取り掛け、四つを使用していた場合は四つの取り掛けをし、当然、前者と後者で帽子の角度や長さも違う。)
小笠原流の免許ユガケ『紫二本継指』が有名。
一部上段者が使用している。

控えが固められていない為、“弓道射法八節”に於ける帽子の働きを助ける為に「小紐」を一回り親指に絡めてカケ紐を締める。

騎射弽(きしゃがけ)
両手全指を覆う形状。
造りは右手親指根に当て革がされているだけであり、革手袋と言った方がイメージが近い。
「騎射」の名の通り流鏑馬で使われ、手綱を取る為に親指、手首共に固めが入っていない。
中世に武士が使用していたものとほぼ同型。
戦時は弓の落下を防ぐ為に左手に薬練を引いて弓と手を半接着していたが、この事が『手ぐすねを引いて待つ』という言葉の語源になっている。

押し手弽(おしてがけ)
左手に挿すユガケ。
親指のみ覆うもの、人差し指・親指を覆うもの、手首まで覆うもの、形状は様々ある。
主に左手を保護する為のもの。
感覚に合わなければ使用する必要もなく使用者は多く無い。

各部名称
帽子(ぼうし)
親指先から親指根にあたる5cm前後の部分。
弦を掛け、弦の圧力を受ける部分で、帽子の取り付け角度、太さ、形状等、行射の善し悪しに関わる重要な部位である。

角(つの)
弦からの圧力から親指を保護する目的で帽子部分に入れられる木、或は水牛等の角を指筒状に刳り貫いた芯材。
現在では入手、加工が容易な木材を使用したものが主流。
親指先から親指根辺りまで親指全体を覆う。
角が入れられた造りのユガケ、或は帽子を「堅帽子」、角が入れられていないユガケ、或は帽子を「柔帽子」と呼ぶ。

腰・二の腰(こし・にのこし)
帽子と控えを繋ぐ部分。
堅帽子は牛革が二枚程度重ねられたものが入れられ、固められている。
外見上は帽子から腰まで1つに繋がった膨らみを持っている。
この膨らみや硬さ如何によって、“弓道射法八節”への影響のが変わる。
尚、竹林弽は堅帽子であるが、節抜き構造によって二の腰が無い。

控え・一の腰(ひかえ・いちのこし)
腰を囲うように親指根から手首、ユガケの下端まで橈骨側を覆う部分。
控え付きはここに牛革が入れられ固められている。
やはり控えの形状や硬さ如何によって弓道射法八節への影響のが変わる。

弦枕(つるまくら)
弦が掛かる部分で、弦から掛かる弓力を直に受ける。
堅帽子は弦を掛ける段差を付ける為に親指の爪大程の牛革が入れられている。
弦の滑りを良くする為に蝋や薬練が塗られている。
弦枕の形状、位置、角度、段差の高低が極めて重要で、形が悪いとまともに弓が引けない、矢が飛ばない等の弊害が出る。
流派や射法、射手の志向によって正しい位置・形は一定ではなく、その形状や位置によって、十文字、筋交い、浅ガケ、深ガケ等数種類ある。

弦溝(つるみぞ)
弦枕の内、段差の下、弦が乗る部分。

胴(どう)
手首から手の甲まで繋がる部分。
鹿革一枚からなり、手首部分は手首に巻けるよう巻きしろが取られている。
三ツガケ、四ツガケは人差し指、中指まで一枚に繋がった裁断がされている。

小紐(こひも)
控え部分から付けられ紐を結び付ける鹿革製の細い帯状の紐。
竹林ガケや諸ガケ等は小紐を親指に絡めるため長目に造られている。

紐・緒(ひも・お)
ユガケを手首部分で巻き止める帯状のもの。
胴、小紐、紐の順で巻かれ、手の甲側、或は内側で結び止める。
ユガケの中で唯一交換可能な部分。
ユガケと同色か紫に染められた紐が一般的。

[English Translation]