カラオケ (Karaoke)

カラオケとは、歌を歌う際、またはメロディパート(主旋律)を担う楽器を演奏する際に、生演奏ではなく事前に録音された伴奏を再生することにより演奏を再現することをいう。
さらに井上大佑がこれを音源製作、再生装置、販売方法をセットにした「エイトジューク」というサービスとして一般に提供し、これが広まり「カラオケ」とよばれるようになった。
後者「カラオケ」がその使用対象の大きさからも通常一般に第一に思い起こされる(想起される)ものとなっている。
そして機能的には前者は後者の一部と捉えられることも多い。
しかしながら、厳密には前者後者はその使用範囲が異なる。
また、後者だけでなく前者も現在でも現役の用語である。

概要

カラオケという言葉が普及する以前は「空演奏」と表現されることが多かった。

通常、楽曲の伴奏部分だけが「事前に記録」されている記録媒体(音楽テープやディスク等)で再生される。
この言葉のうまれは、「生伴奏なし」と同義で、「カラオケね」は「伴奏なしでやろう」という意味だった。
これは放送業界で生放送において伴奏へ多くの注意や経費を払わなくていいところから重宝された。
ここまでは放送業界用語であり、この意味のカラオケはいまでも使われている。

その後、酒場での流しのギター弾きを仕事としていた井上大佑が、8トラックテープを用いて伴奏を事前録音したものを再生する装置を開発する。
流しのレパートリーに左右されず、本物の演奏が再現されるとあって、これが評判となり、酒場で評判となる。
ここに大衆文化となるカラオケが誕生する。

現在では、カラオケのしかけ、つまり、歌を歌うための装置、さらにはその装置を使って歌うことだけでなく、歌うための場所を提供している店(カラオケボックス)のことなどをカラオケと略して指すようにもなっており、これはカラオケがそれだけ一般化していることの証でもある。
カラオケは、歌ってストレス (生体)を発散させたりするため、娯楽に分類され、レジャー白書で統計が取られる一項目ともなった。

この形式は日本で生まれたもので、英語の「Karaoke」(「キャリオキ」と聞こえる)や中国語の「「卡拉OK」(kǎlā OK)、ロシア語の「Караокэ」など、外国でも日本語の音をそのまま使った言葉が使われている。

イギリス政府が2500人以上の成人を対象にした調査で「最も重要と思いつつも最も不快に感じる発明品」として、カラオケが22%を獲得し携帯電話などを抑えて1位となった。
イギリスでは、日本のように防音施設が整った個室型のカラオケボックスがまだあまり広まっておらず、カラオケが設置されているパブで音痴の人や酔っぱらいの歌声が“騒音”被害を招いているとの理由から。

カラオケの発祥

カラオケの、カラは「空っぽ」、オケは「オーケストラ」の略で、オーケストラによる生演奏ではなく、テープやレコードで代用することを表す放送業界ではじまった。
そしてそれは今でも続いている。
一説によればNHK交響楽団員らの雑談から出た言葉だという。

ラジオ、テレビでの放送は当初はその番組自体、生放送でおこなわれており、流行(はやり)の歌も、当然のことながらすべて生。
つまり、その場で実際におこなった歌と演奏が放送された。
これが、オープンリールテープなどの録音機材が導入され、音響効果等が事前に録音したものでまかなえるようになってきた。
後には、映像記録が可能なビデオが導入されるが、その中間期、映像は生放送だったが音響は録音でまかなえるようになった時代にカラオケは誕生する。
映像として歌手は必要だが、オーケストラは不要であり、もしくは、ラジオでもトークも含めて歌手は現場に必要だった。
そのような場合、歌を歌う際の伴奏は録音したものを再生することで大幅に手間が省けるようになった。

カラオケのソース(音源)

「カラオケは、メロディなしの音楽、つまり伴奏を再生すること」であり、そのためには再生する装置と再生される音楽(音楽ソース)が必要だった。

放送局でうまれたカラオケは、それまで生で演奏していたオーケストラを一度録音すればいいだけであった。
オーケストラにとって何度も忙しく放送局に呼ばれ仕事ができていた時代はすぐに過ぎ去った。
新曲は一度録音すればそれで終了ということになってしまった。
もちろん録音への報奨は生演奏一度よりは高いものだったが従来の活動全部を補えるものでは到底なかった。
こうして特定の人々が使う、つまり放送局内だけで使う音楽ソース(音源)が蓄えられていく。

カラオケの機材

この時期使われた再生装置は、オープンリールタイプのテープレコーダーである。
それは録音機能も備えたものである。
後になっていわゆる民生用も誕生するオープンリール・テープレコーダーであるが、この時期はまだ業務用として最先端の機器であり非常に高価なものであった。

ジュークボックス

第二次世界大戦後、日本にやってきた進駐軍がもってきたといわれるジュークボックス。
飲食業界で流行の音楽が聞きたいときに聞けることと、アメリカを感じさせるその装置により客は100円玉を投入していった。

テープレコーダーの普及

大型のオープンリールを使用した装置には民生用があることにはあったが、1960年代後半にコンパクトカセットテープとそのレコーダーが登場し録音再生という行為が一般大衆に浸透していく。

コンパクトカセットはオランダの電機メーカーであるフィリップス社が1962年に開発したオーディオ用磁気記録テープ媒体の規格である。
8トラックはRCAビクター社が1965年にカーオーディオ用のメディアとして開発した。

コンパクトカセットはまだ音楽用途とは捉えられておらず、8トラックがジュークボックス代わりに音楽を差し替えながら再生する装置として活用され始めた。

井上大佑によるカラオケシステムの発明

最初のカラオケというサービスの考え方とそれを実現する装置が1971年に井上大佑(いのうえ だいすけ)という一人のバンドマンによって発明された。
井上は既存の楽曲を単に再生するだけでなく、バンドマンには当然の発想である歌う人に合わせた音階やテンポという概念をシステムとして実現した。
再生装置は「8Juke(エイトジューク)」と名づけられ、リースで販売した。

井上は弾き語り、なじみの客から「社員旅行で使いたいので、伴奏だけを入れたテープ(カラオケテープ)を作って欲しい」と依頼された。
彼は依頼主にあわせてキーを移調し、テンポも変えていた。
そしてそこから潜在的な需要に気づいた。
そこで8トラックのカラオケテープを作り、コインボックス式の再生装置に入れて、スナックなどに置くこととした。
このときのテープ内容は8トラックテープ1本に付き4曲10本で計40曲で、当時の料金は5分で100円だった。

8トラックのテープを使い、また曲にアレンジを加えて長さを調整することで、1本のテープに何曲も入れることができ、また、できるだけ早く頭出しが出来るようになっていた。
1曲は3~4分になるように調整されており、1曲目を気分よく歌ったあと、2曲目の途中で次のコインを投入する必要が出てくるため、客はついつい100円玉を景気よく使ってしまう……というパターンが生まれた。

また、カラオケというビジネスモデルが成功した理由のひとつとして、このときリースを導入したことが挙げられる。
新譜が次々と出る状況で毎回テープを購入していては店が大変だろうという配慮からと言われているが、それが今日に続く隆盛の原動力の一つとなった。

以下に産業となっていくカラオケの詳しい歴史が記述されている。
→全国カラオケ事業者協会

技術としては様々な変遷があるものの、カラオケという装置およびビジネスモデルは井上がセットで生み出したものだ。
しかし、井上は特許を申請していなかった。
もし特許を申請し取得できていたとしたら、年に100億円の特許権収入が発生するという試算がある。

彼は1999年、米国タイム誌の「今世紀、アジアにもっとも影響のあった人物20人」という特集の中で「毛沢東やマハトマ・ガンディーがアジアの昼を変えたならば、井上はアジアの夜を変えた男だ」と紹介された。
また2004年には、イグノーベル賞(平和賞)を受賞している。
2005年には井上をモデルにした映画「KARAOKE-人生紙一重-」が上映された。

音源の製作

井上は自分で演奏して音源を作った。
その後、各社が主旋律抜きの演奏を録音する。
カラオケが流行しだすと、その楽曲のCD自体にカラオケが付属するようにもなった。
カラオケの特別の音源がなくとも自宅でカラオケができるようにもなった。

音源の供給

発明当初より「媒体」で供給された音源は現在では媒体を使用せず「通信」により供給されるものが主流となっている。

媒体使用時は、音楽メディア(メディア媒体)の進化にしたがって、8トラック、コンパクトカセット、レーザーディスク、VHD、ビデオCD、DVDなどを経た。
日本では現在は通信カラオケが主流となっている。

バリエーション

本来、伴奏部分だけのものがカラオケであるが、練習用ということでヴォーカル部分を含んで再生可能な機能を持つカラオケシステムも多数ある。
歌う側にあわせてキーを変化させたり、テンポを調整したり、また、男性の声を女性の声に、女性の声を男性の声に変換させたりすることも可能となっている。
カラオケ演奏機がゲーム機能や点数をつけたりする機能を備えている場合もある。

カラオケ演奏機は、本体にあるボタン、つまみで操作するほか、通常はリモコンでも操作可能である。
選曲は、歌曲を歌手別あるいは歌詞の出だし順に並べた本で、曲名の索引なども参照して、歌いたい曲に割り当てられた番号を検索し、その番号を機械に入力することにより行われる。

現在はリモコン側に設けられた液晶画面で曲名やアーティスト名から検索し、本体に送信することで選曲することができるものもある。
中にはタッチパネルを備えたものもあり、ボタン操作は一切必要のない機種も登場している。

当初は歌詞カードや歌詞の書かれた本を見ながら歌っていた。
しかし、現在ではビデオモニターに歌詞が字幕スーパーの形で表示され、歌う部分を色を変えて示す仕組みになっている。

近年は歌唱にとどまらず、ブレーンの吹奏楽CD「マイナス・ワン」シリーズのように特定の楽器のソロパートを除いた「楽器演奏用のカラオケ」も現れている。

酒場の余興

カラオケは、スナックバー (飲食店)などの飲食業者の店舗や、ホテルの宴会場などに置かれることが多かった。
カラオケは酒席の余興という格好だった。
この時期の利用者は酒の飲める世代、つまり20代以上である。
しかし、多くはより年齢層が上の層であった。
その理由は、カラオケとして録音されている曲(カラオケ・ソース)の多くが演歌だったからである。

産業としての広がり

1980年代半ば、カラオケを専門的に提供する、カラオケボックスという事業形態が誕生。
酒のついでにカラオケを楽しむのではなく、純粋にカラオケで歌うために赴く場所であり、それ以前の概念を根底から覆す画期的な業態だった。

カラオケボックス成功の一要因として、下記があげられる。

ある年代以上の日本人には「酒も入らない状態で人前で歌うこと」に対する拒絶反応が存在したが、それ以降の世代は(少なくとも気心の知れた仲間同士の前では)屈託なく歌って楽しむという意識が存在していたこと。

通常の飲食店でカラオケを行う場合、知人以外の客もいる場所で歌うことになる場合が多い。
しかしカラオケボックスの個室内は基本的に友人知人しかおらず、純粋に歌う楽しさを満喫できる。
たとえ下手な歌だとしても、見知らぬ他人から揶揄される心配もない。

「カラオケで歌う歌を覚えるためにCDを買う」層が増え、1990年代の日本でシングルコンパクトディスクのミリオンセラーが多発した。

カラオケボックスは、学生のコンパやサラリーマンなどの懇親会の二次会の会場としてよく利用される。
日本人の娯楽の代表の一つである。
しかしいつの世にも人前で歌うことを苦手とする人は少なからず存在している。

詳細はカラオケボックスを参照のこと。

通信カラオケ

1992年、タイトーが通信カラオケ「X2000」を発売する。
同年、エクシングも「JOYSOUND」を発売。
通信カラオケは、いままでメディア(媒体)で供給されていた楽曲が、通信により提供されるようになった。
カラオケ装置は独立して存在するものではなく、通信で接続された一つのシステムの中に組み込まれた端末装置となった。
大量にソフト(メディア (媒体))を各カラオケ装置脇に用意する必要がなく、機械駆動装置がないため小型化し省スペース化も図れ、新曲の配布も早くなった。
ビジネスモデルとして、機器を販売、ソフトを販売するものが、使用量に応じた課金システムとなっていくことでもあった。

その後、他メーカーも相次いで参入。
第一興商は「DAM」、ギガネットワークスは「GIGA」、パイオニアは「BeMAXS」、ビクターは「孫悟空 (カラオケ)」、セガは「セガカラ」、USENは「U-kara」を発売。

詳細は通信カラオケを参照のこと。

オリコンカラオケチャート

オリコンでは、1990年代半ば頃から全国のカラオケのリクエストランキングを集計したカラオケチャートを発表している。
ただし、データ集計にかかる時間の関係上、各カラオケメーカーが発表するデータよりも2週ほど遅れたランキングとなる。

カラオケチャートの特徴は、長期間にわたって1位やトップ10入りをする曲が多いことで、カラオケファンの人気曲がごく一部に集中していることを示している。
また、毎年ある時期になると同じ曲が入ってくる(例えば高校野球の季節には岩崎良美 (歌手)の「タッチ」が必ず上位に入る)傾向が強いことも挙げられる。

利用者の変遷とソフトの変遷

カラオケで再生された音楽は装置が置かれた場所で好まれるものが主流だった。
カラオケ装置が最初に置かれたのは井上が仕事場としていた酒場であり、酒場で好まれる歌、演歌が中心だった。
その後、カラオケボックスとなり、学生までその対象が広がると、歌謡曲やヒット曲、そして洋楽へと音源は広がった。
さらに、ファミリー層までが通いだすと、子供向けの曲、さらにそしてさらには、通常のレコード、CDではなかなか手に入らなかった諸外国の音楽まで現在は幅広い音源が提供されている。

カラオケボックス・ルーム

カラオケボックスは、岡山県内において廃車になった貨物列車/貨物自動車のコンテナを改造したのが始まりである。
近年はカラオケ専門のルームタイプが主流である。

詳細はカラオケボックスを参照のこと。

通信カラオケ

初期の通信カラオケは、音楽音質の悪さと映像のバリエーションが貧弱などクリアしなければならない面もあった。
それまでの媒体経由の音源はアナログ録音で基本的にはレコードやラジオ、テレビで放送される音楽を再記録したものに近いものであり音源は似たようなものである。
しかし、通信カラオケで使われているのは音源はMIDIデータで構成されたデジタルデータでありカラオケ装置はMIDI再生装置であった。
このMIDI再生装置は基本的には音楽演奏用シンセサイザーであり、これは演奏を録音した音源の再生とは全く異なる再生形態であった。
質の悪さはMIDIデータが悪いというよりはMIDI再生装置側のクオリティの低さによってもたらされたものであり、その実態はアナログ録音されたプロの演奏と比べて全く比べ物にならなかった。
さらに、付け加えられた映像バリエーションの質もこれに加わり当初の印象は質よりも楽曲の多様性と早期提供度合いにそのメリットがあった。

現在ではデジタル音楽技術が進歩し、MIDI再生装置だけでなく、デジタル音楽再生装置を内蔵するようになった。
シンセサイザー機能に加えデジタル録音データ再生機能(いわゆるサンプリングデータ再生機能)をもつようになり再生装置は音質向上、機能向上している。

詳細は通信カラオケを参照のこと。

カラオケの画面

初期はテレビ画面そのものがなかった。
その後、テレビ画面に字幕が出るようになり、その字幕の通りに歌うが、かつては同じものしか出なかった。
その後、曲のタイトルや歌詞の意味にあわせた、一種の寸劇といえる画像が追加された。
これは地域性としてご当地ソングや歌詞の重みのあるフォークソングで重要視される。
たとえば狩人の曲であるあずさ2号の場合はあずさ (列車)の走行シーンが流れるといった具合である。

自宅でのカラオケ

1970年代に入ると、家庭用テープレコーダーは、コンパクトカセットタイプのものも音楽鑑賞に堪え得るレベルに達していた。
特にラジオカセットレコーダー(ラジカセ)が普及すると、これをカラオケ用の装置として使うようになった(多くのラジカセには、マイク接続による拡声器機能が付いていた)。

1980年代後半には、レーザーディスクによるカラオケシステムが現れ、ある程度の普及を見た。
これはメディアの性質上、映像が含まれており、テレビ画面上に映像と歌詞を表示して使われた。
一般のレーザーディスクプレーヤーと異なり、マイク入力とそれへのエフェクトの機構があった。
さらに選曲ボタンが多かったりと、カラオケ使用のための操作ボタンが多かった。
1995年には家庭用にも通信カラオケが登場している。

家庭用ゲーム機でもPCエンジンではCD-G、ドリームキャストやWiiでは通信カラオケによるカラオケシステムに対応している。

音源媒体については、1970年代初めごろよりラジオ番組の中でカラオケ(伴奏のみの音楽)を流す企画もあり、これを録音する聴取者も居た。
また、市販のレコードにはカラオケがほとんど存在しなかったが、ミュージックテープ(音楽カセット)では、カラオケのみを収録したものが多くラインナップされた。

テレビの歌番組で歌手の歌に合わせて歌詞の字幕スーパーも放映するようになって以後、楽曲によってはそのCD自体にカラオケが付属するようにもなった。
特別にカラオケの音源がなくとも自宅でカラオケができるようにもなった。

また、カラオケ機能を搭載したゲームなども数多く出ている。
(任天堂の「大合奏!バンドブラザーズDX」「カラオケJOYSOUND Wii」やなど)

マイク一体型カラオケ

マイク一体型カラオケの登場。
ハードウェアに収録済みの曲と、それに補充するRead Only Memoryを使用し、個人用でカラオケボックスにも負けない人気を得た。
収録曲は懐メロや歌謡曲、演歌など高年層好みが中心のものも多く、若年層が中心のJ-POPが少なめであったが、最近は増加傾向にある。

個人用としては、携帯電話やパーソナルコンピュータにカラオケソフトや楽曲データをダウンロードする、新しいサービスも試みられている。

楽曲のカラオケヴァージョン

1990年ころからカラオケヴァージョンの入ったシングルCDが現れた。
アイドル歌手のCDには必須であるし、ポップス系のCDにも多い。
呼び名は当初は「オリジナル・カラオケ」が多かったが、現在では「instrumental(inst.と略)」が主流である(宇多田ヒカル、竹内電気は現在でも基本的に「Original Karaoke」)。

2枚組アルバムの2枚目をカラオケヴァージョンとすることがある。
(槇原敬之の「smiling gold」、キリンジのスウィートソウルe.p.、竹内まりやのExpressions)

シングルの場合、旧来のレコードからの伝統により、A面とB面に対応する二曲を含み、それらのカラオケバージョンをあわせて四曲を収録する形が多い。
これは、他方ではCDのシングルが8cmから12cm(マキシングル)に移行し、時間的な余裕が大きくなったことにも対応している。
ただし、移行する前からもこのような形態になりつつあった。

[English Translation]