京言葉 (Kyo Language)

京言葉(きょうことば、京ことばと表記されることも)または京都弁(きょうとべん)とは、狭義では京都府京都市旧市街、広義では京都府山城国と南丹(亀岡盆地周辺)で話される日本語の方言。
古くは京談(きょうだん)とも。
近畿方言の一種だが、別個に扱われることもある。
京阪式アクセントであるが、大阪弁などのアクセントとは異なることも多い。
正確な話者は現在では少なくなりつつある。

京都には長い間御所が存在していたため、宮中で話されていた御所言葉の影響を受けているとされる。

敬語や婉曲表現を多用し、柔らかく丁寧な口調でなるべく会話に角が立たない言い回しをするが、それが皮肉となるケースも多く、京言葉を解せない人々がコミュニケーションをとりにくい、と感じることもある。
ただし、それらが大阪弁と京都弁の大きな違いである優雅さの要因であるとする研究者も多い。

分類

京言葉は、大きく分けて御所で話された公家言葉(御所言葉)と、街中で話されるもの(町ことば)に分類される。
ただ、近年では大阪弁の影響のほか、標準語の影響により、標準語化・東京弁化が進むと共にこれらの差異が少なくなってきているといわれる。

前者の公家言葉は、宮中や宮家、公家のあいだで室町時代の初期から女官によって話されたもので、現在では一部の社寺に残されている。

後者は、話者の職業や地域によって更に細かく分類することが出来る。

中京ことば(なかぎょう-)

中京区を中心として、室町通の問屋街などで話される。
町ことばの代表とされる。

職人ことば

西陣の織物産業(西陣織)に従事する人々のことば。

花街ことば

祇園など京の花街で、舞妓や芸妓によって話されることば。
簡易的な手話の様を呈する「身振り語」や、嶋原で用いられてきた伝統的な「廓言葉(なます言葉)」がある。

伝統工芸語

京焼、京友禅などの現場で話される職業語。

農家ことば

大原や口丹波など京都周辺の農村部で話されることば。

発音

京言葉は、多くの人々によって「優雅である」という評価がなされる。
これの一要因として、京言葉の持つ発音、アクセントがあげられる。

長母音やウ音便を多用することから、全般的にテンポが遅く、ゆったりとした柔らかい印象を与えるのが特徴的である。

母音

長母音の「う」や「お」を短く発音し、「学校」(がっこう)を「ガッコ」と、「山椒」(さんしょう)を「サンショ」とする。

また、名詞や動詞の音素文字を長く伸ばすことも行われ、「蚊」(か)を「カア」と、「野」(の)を「ノオ」とすることがある。

さらに、訛として i の母音を e に転化させ「虱」(しらみ)を「シラメ」とするものがある。
その他にも、 e を i に、 u を o に、 o を u と転化させる場合がある。

連母音をなまらせ「見える」を「メール」とするケースもある。

子音

「シ」[ʃi]を「ヒ」[çi]に転化して「失礼」(しつれい)を「ヒツレイ」としたり、[s] を [ʃi] に、[m] を [b] に転化させる例などがある。

音便

語呂を滑らかにするための関西特有の音便が多用される。

ウ音便

明るくなる→明るうなる、美しく咲く→美しゅう咲く

オ音便

「オ」と発音するが、表記は「う」。

眠たくて仕方ない→眠とうて仕方ない、赤く染まる→赤う染まる

促音便

えらいことや→えらいこっちゃ おきばりやす→おきばりやっしゃ

撥音便

つかぬことを→つかんことを ぼうさん→ぼんさん

活用

五段動詞の命令形では、標準語と同様の命令形に加えてい段で活用するものがあり、これは「~なさい」を省略したものと考えられる。

(例)「走り」

五段動詞の否定は、あ段で活用する。

(例)「あらへん」、「走らへん」

「走れへん」とすると、標準語と同じく「走れない」の意味になる。

他の近畿方言では「~らへん」「~れへん」を区別しないことが多く、コミュニケーションギャップが生じやすい。

さ行変格活用、か行変格活用の否定は、い段で活用することが多く、その場合否定の助詞は「ひん」となる。
現在は、大阪他の言い方に従って、え段+「へん」などと言う事も増えている。
い段+「ひん」、え段+「へん」ともに、未然形+「やへん」が変化したものである。

(例)「しーひん」(しない)、「きーひん」(来ない)

五段動詞で勧誘を示す場合、お段で伸ばさない。
一段動詞の場合は短く「よ」を付けるが、「する」は「しょう」と伸ばす。

(例)「走ろ」、「行こ」、「見よ」、「寝よ」

可能表現

標準語同様に「れる」、「られる」を付けて言える。
不可能を表す形は「~れへん」「~られへん」がある。

(例)「走れる」、「寝られる」、「走れへん」、「寝られへん」

「~れへん」形は誤解を招きやすいが、京都では多く使われている。

不可能を言う場合、「よう~ん」、「よう~ひん」の形を取ることが多い。

(例)「よう走らん」、「よう寝ん」、「よう起きひん」

敬語

…はる

「なさる」の変形で、「なはる」とも。
日常的に多用される尊敬語表現で、関西の他地域よりも使用頻度が高いと同時に敬意度は低くなっている。
(例)「乗って来はるわ」

丁寧語として客観的立場から表現する用法もあり、これは京都周辺のみの表現である。
(例)「うちの子ぉ、よう泣かはるやろ」

お…やす

敬意を伴った軽い命令表現で、挨拶などに用いる。
(例)「お越しやす」、「おかけやしとおくれやす」(どうぞお掛けくださいませ)

…といやす

「ておいやす」の変形。
(例)「しといやした」(してらっしゃいました)

…ておみ、とおみ

漢字で書くと「て御見」となり、共通語の「てごらん」に相当。
(例)「見とおみ」(見てごらん)

…よし

同等・目下に対して用いる命令表現。
(例)「はよ行きよし」(早く行きなさい)

…おす

「ある」の丁寧語で、大阪の「おま(す)」に相当。
形容詞の後ろにもつく。
(例)「誰もおへん」、「おいしおすなぁ」

…どす

断定の丁寧語で、東京の「です」、大阪の「だす」に相当する良く知られた京言葉。
「でおす」の変形で、「どふ」とも。
江戸末期から昭和にかけて男女とも用いた。
(例)「おめでとうさんどす」、「明日行かはるんどすか」、「そうどした」

婉曲

依頼や辞退を表すときには、直接的な言い方は避け、婉曲的で非断定的な言い回しを好む。

例えば「~して下さい」という要求をする時も、「~してもらわしまへんやろか」(~してもらえはしませんでしょうか)のような遠回しな否定疑問を用いる。

辞退する時も、「おおきに」「考えときまっさ」などと曖昧な表現をすることによって、勧めてきた相手を敬った表現をする。
また、「主人に訊かなければ分からない」などと他人を主体化させ、丁重に断る方法も良く用いられる。

後述する「ぶぶ漬け」も、そのような直接的表現を嫌う風土によるものである。

ぶぶ漬け

京都における非言語的コミュニケーション(ノンバーバル・コミュニケーション)を物語る上でよく用いられるのが、「ぶぶ漬け」(茶漬け)の例である(他に玄関先での「座布団」と寒い日の「火鉢」の例もある)。
これは、他人の家を訪問した際、その家の人にぶぶ漬けを勧められたら、それは帰宅をさりげなく促しているというものである。
その場合、家人はお茶漬の準備など全くしていない。

一般に「今日はぶぶ漬け程度の粗食しかおもてなし出来ないので、日を改めてまた来てくれ」という意味に解釈されているが、角が立たないように自分の意思を伝える一種の取り決めごととも言えることで、京都という独特の閉鎖的社会だからこそ成り立った習慣である。
そもそも「食事を勧められる」ということは、客がそのような食事時に訪問しているか、あるいは食事時まで居続けているということであり、常識的に考えれば失礼な行為に当たる。
家人が「食事を勧める」ことで、訪問者は時間を自覚でき、家人側も相手に対して失礼を犯さずに帰宅を要求することができる、という社交的な効果があると考えられる。

この場合の理想的なやり取りとしては、家人がぶぶ漬けを勧めてきたら、客人は一旦はこれを固辞し、少なくとも2回断ってもまだ勧めてくるようだったら有難く家の中に上がって頂く。
ぶぶ漬けを勧められても一旦はこれを断るのは常識であり、もし遠慮も無く真に受けて食べてしまうと、家人に「あの人は厚かましい」という印象を抱かれてしまいかねない。

もっとも大抵の場合、1回または2回断った時点で家人はぶぶ漬けを勧めるのをあっさりやめるので、客人は「ほな、この辺でお暇致します。
今日はおおきに。
」と家を引き取る行動を起こすのである。
このとき家人が何らかの行動を起こして、さりげなく客人に帰るよう促すこともある。

ただし、実際にぶぶ漬けを用意して、他意なくご馳走しようとしている場合もあるので、相手の真意を探るには阿吽の呼吸とも言える絶妙なテクニックが必要となる。

もちろん、「ぶぶ漬け」はあくまで喩えであり、その他の日常生活においても、京都ではコミュニケーションにおける伝統的な暗黙の了解事項が多々存在しており、一言では到底説明し切れない。
実際に京都で生活していないと分からない感覚なのである。

どちらにせよ、古くからの慣習によって成り立っているそのコミュニケーションに慣れていない非京都圏の人々には全く意図が伝わらず、慌てて実際に料理を用意しなければならない場合もある。
また、逆に非京都圏の客人が単に「帰っておくれやす。」の意味としてだけ知っていた場合、客人の心証を害す等、余計なトラブルを招きかねないので、気心知れた相手以外には用いないことが奨められる戦略である。

なお「ぶぶ漬け」に関するエピソードを扱った小説には北森鴻『ぶぶ漬け伝説の謎』(同名の短編集に収められている)が存在する。
北森はこの小説の中で登場人物に次のような内容を語らせている。
「ぶぶ漬け伝説は非常によく知られている。
しかし、現実にそのとおりの体験をした人となると聞かない。
京都の人に聞いても、そういった仕打ちをしたという人もいない」

語彙

「~なはい」や「~や」、「~え」などの接語の他にも、独特の表現や語彙が存在する。

また、「駄々をこねる子」のことを「ダダコ」と表現したりと、別の品詞から名詞を作り出して用いるパターンが多い。

また、名詞(主に生活に関するもの)に関して用いられる「お~」や「お~さん(はん)」があり、以下のように利用される。

「おつむ」 - 頭

「おつくり」 - 刺身

「おねもじ」 - ネギ

「おあげさん」 - 油揚げ

「おくどさん」 - 竃(かまど)

畳語

同じ言葉を繰り返して、意味を強調する。

「承りましてございますでございます」

「キツキツ言う」(強く言う)

「赤こ赤こ(あこあこ)なってきてますえ」

など。

擬音語・擬態語

京言葉では修辞技法(オノマトペ)を多用し、リズム感を構成する一因となっている。
「ガタガタ」、「ミルミル」などというようなものである。

また、「はんなり」のような2音節目に「ん」、4音節目に「り」を持つ擬態語(「ぐんなり」、「ちんまり」など)が多く存在する。
「はんなり」の語源は「花」であるが、これはけばけばしい「華やかさ」を表しているわけではなく、つつましく可憐な様子を表す。

[English Translation]