日本酒 (Sake (rice wine))

日本酒(にほんしゅ)は、米を発酵させて作る日本の伝統的な酒の一つである。
日本の酒税法上では清酒(せいしゅ)と呼ぶ。
日本では、一般には単に酒(さけ)またはお酒(おさけ)、日本古語では酒々(ささ)、僧の隠語で般若湯(はんにゃとう)と呼ぶ。
現代ではポン酒(ぽんしゅ)と呼ばれることもある。

約5℃から約60℃まで幅広い飲用温度帯がある(参照:温度の表現(飲用温度))。
同じアルコール飲料を同じ土地で異なった温度で味わうのを常としているのは、世界的に見て日本酒だけである。
料理で魚介類の臭み消しや香り付けなどの調味料としても使用される。

近年、日本国内での消費は減退傾向にある一方、アメリカ合衆国・フランスを中心とした海外市場では日本酒、とくに吟醸酒・純米吟醸酒の消費が拡大しており、「sake」として知られている。
(参照:日本酒の歴史昭和時代以降)

歴史

日本酒の歴史を参照。

原料

日本酒の主な原料は、米と水と麹(米麹)である。
それ以外にも酵母、乳酸菌など多くのものに支えられて日本酒が醸造されるので、広義にはそれらすべてを「日本酒の原料」と呼ぶこともある。
専門的には、香味の調整に使われる「醸造アルコール」「酸味料」「調味料」「アミノ酸」「糖」などは副原料と呼んで区別する。


用途によって、麹米(こうじまい)用と掛け米(かけまい)用の2種類がある。

麹米には通常酒米(酒造好適米)が使われる。
掛け米には、全部または一部に一般米(米)が使われるが、特定名称酒の場合、酒米のみが使われることが多い。
普通酒は麹米、掛け米ともにすべて一般米で造られるのがほとんどである。

しかし、一般米からも高い評価を得る酒が造られている。
高級酒となるとかつて山田錦一辺倒の傾向すらあった原料米の選び方や使い方も、近年は新種の開発などにより変化が著しい。
詳しくは「酒米」参照。


水は日本酒の80%を占める成分で、品質を左右する大きな要因となる。
水源はほとんどが伏流水や地下水などの井戸水である。
条件が良い所では、これらを水源とする水道水が使われることもあるが、醸造所によって専用の水源を確保することが多い。
都市部の醸造所などでは、水質の悪化のために遠隔地から水を輸送したり、良質な水源を求めて移転することもある。
酒造りに使われる水は酒造用水と呼ばれ、仕込み水として、また瓶、バケツの洗浄用水として利用される。

蔵元の一部は、仕込み水を商品として販売している。

硬度

水の硬度 (水)は、酒の味に影響する要素の一つである。
日本の日常生活では、硬度の測定に硬度 (水)アメリカ硬度を用いているが、醸造業界では長らく硬度 (水)ドイツ硬度を用いてきた。
最近はアメリカ硬度へ移行する兆しも見受けられる。

造られる酒の味は、おおざっぱに言えば、軟水で造れば醗酵の緩い、いわゆるソフトな酒、硬水で造れば醗酵の進んだハードな酒になる。
理由は、醸造過程で硬水を使用すると、ミネラルにより酵母の働きが活発になり、アルコール発酵すなわち糖の分解が速く進むからである。
逆に軟水を使用するとミネラルが少ないため酵母の働きが低調になり発酵がなかなか進まないからである。

江戸時代以来、高品質な酒を産出してきた灘五郷では宮水と呼ばれる硬水が使用されていた。
一方、1897年(明治30年)には広島県の三浦仙三郎により軟水醸造法が開発された。
かつては、硬水が酒造用水としてもてはやされていたが、軟水で醸した酒の味わいが現代人の味覚に合っているとして、近年では軟水も見直されている傾向もある。

水質

古来、酒蔵は川の近くに多い。
これは、酒造用水として川の伏流水を汲み上げることによるもの。
水は、酒の原材料のなかで唯一、表示義務の対象とされていない。
したがって、原料水が、井戸水であるか水道水であるかを明らかにする必要は無い。
ただし、酒造用水に課せられている水質基準は、水道水などと比べるとはるかに厳格である。
酒蔵は、使用する水を事前にそれぞれの都道府県の醸造試験所、食品試験所、酒造指導機関などに送って監査を受けなくてはならない。

監査は以下のような項目で行なわれる。

臭気

味覚

色度

濁度

水素イオン指数

塩素イオン

カルシウム

総硬度

マグネシウム

トリクロロエチレン

リン

亜硝酸性窒素および硝酸性窒素

- 不検出でなければならない。

過マンガン酸カリウム消費量

一般細菌数

- 不検出でなければならない。

大腸菌群

- 不検出でなければならない。

水銀


- 許容範囲は0.02mg/l以下(水道水では0.3mg/l以下)。

マンガン

- 許容範囲は0.02mg/l以下(水道水では0.3mg/l以下)。

中国大陸とは違い、日本の水は各地によって小差はあるもののほとんどが中硬水であり、香味を損ねる鉄分やマンガンの含有量が少ないので、醸造に適していると言える。
太平洋戦争前に満州へ渡り、在留日本人のために当地で日本酒を造ろうとした醸造業者たちが利用できる水を見つけるのに苦労したという話が多い。

なお、発酵、および麹菌や酵母菌の繁殖を促進するのに有効なだけの微量のカリウム・マグネシウム・リン酸については、成分調整として添加することができる。

水の用途

酒造りに用いられる酒造用水は、以下のように分類される。

醸造用水

- 醸造作業の最中に酒のなかに成分として取りこまれる水。

洗米浸漬用水

- 米を洗い、浸しておく水。
仕込みの前に米の中に吸収される水でもある。

仕込み用水

- 醸造時に主原料として加える水。
酒が「液体」として商品になるゆえんともいえる。

雑用用水

- 洗浄やボイラーに用いられる水。
これにも、水質で述べられているような厳しい基準を通過した酒造用水が用いられる。

瓶詰用水

洗瓶用水

‐瓶を洗う水である。

加水調整用水

- アルコール度数を調整するために加える水。
醸造後に酒にとりこまれる。

雑用用水

- タンクやバケツの清掃に用いる水。
これにも、水質の項で述べられているような厳しい基準を通過した酒造用水が用いられる。

杜氏や蔵人の日常生活(食事や洗面など)には、一般人のそれと同じく水道水が用いられる。
なお、興味深いことに、蔵人たちが入る風呂には酒造用水を用いる酒蔵が多い。
すでにその段階から「仕込み」が始まっているとの酒蔵の考えによるものであり、縁起かつぎとして行っている。


日本酒に用いる麹は、蒸した米に麹菌というコウジカビの胞子をふりかけて育てたものであり、米麹(こめこうじ)ともいう。
これが米のデンプンをグルコースに変える、すなわち糖化の働きをする。

穀物である米は、主成分が多糖であるデンプンであり、そのままでは酵母がエネルギー源として利用できない。
麹の働きによって分子量の小さな糖へと分解せねばならない。
言いかえれば、酵母がデンプンから直接アルコール発酵を行うことはできないので、アルコールが生成されるには酵母が発酵を始められるように、いわば下ごしらえとしてデンプンが糖化されなければならない。
その役割を担うのが、日本酒の場合は米麹である。
米麹は、コウジカビが生成するデンプンの分解酵素であるアミラーゼやグルコアミラーゼを含んでいる。
これらの働きによって糖化が行われる。
米麹は、ほかにタンパク質の分解酵素も含んでおり、分解によって生じたアミノ酸やペプチドは、酵母の生育や完成した酒の風味に影響する(参照:麹造り)。

洋酒では、ワインに代表されるように、原料であるブドウ果汁の中にすでにグルコースが含まれているので、わざわざこうした糖化の工程が要らず、そのため単発酵文化圏となった。
東洋においては、日本酒だけでなく、他の酒類や味噌、みりん、醤油など多くの食品に麹が使われている。
それが食文化的に複発酵文化圏、カビ文化圏などとも呼ばれるゆえんともなっている。
これは東南アジア - 東アジアの中高温湿潤地帯という気候上の特性から可能であった醸造法であり、微生物としての「カビ」の効果を利用したものである。

東洋で使われる麹菌には数々の種類がる。
焼酎には白麹・黒麹(黒麹菌)・黄麹、泡盛には黒麹、紹興酒には赤麹が用いられるのが通常である。
日本酒の場合は味噌、みりん、醤油と同じく黄麹(きこうじ)(黄麹菌、黄色麹菌)が用いられる。
ただし、「黄色」と言われるわりには、実際の色は緑や黄緑に近い。

また形状から分類すると、日本で用いられる麹は肉眼で見るかぎり米粒そのままの形をしているため、散麹(ばらこうじ)と呼ばれる。
それに対して、中国など他の東洋諸国で用いられる麹は、餅麹(もちこうじ)と呼ばれている。
原料となる米・ムギなど穀物の粉に水を加えて練り固めたものに、自然界に存在するクモノスカビ・ケカビの胞子が付着・繁殖してできるものである。

酵母

主原料ではないが、日本酒造りの大きな要素であるため、ここに記す。
詳細は清酒酵母を参照。

酵母とは、生物学的には菌類に属する単細胞生物である。
酒造りにおいては、通常は出芽酵母を指す。
これも何十万を超える種類が自然界に広く存在しており、それぞれ異なった資質をもっている。
この酵母の多様性が酒の味や香りや質を決定づける重要な鍵となる。
また多種多様な酵母のなかで日本酒の醸造に用いられる酵母を清酒酵母といい、種は80%以上がSaccharomyces cerevisiae(出芽酵母)である。

近代以前は、麹と水を合わせる過程において空気中に自然に存在する酵母を取り込んだり、酒蔵に棲みついた「家つき酵母」もしくは「蔵つき酵母」に頼っていた。
その時々の運任せで、科学的再現性に欠けており、醸造される酒は品質が安定しなかった。

明治になると微生物学の導入によって有用な種菌の分離と養育が行われ、それが配布されることによって品質の安定と向上が図られた。

1911年(明治44年)第1回全国新酒鑑評会が開かれると、日本醸造協会が全国レベルで有用な酵母を収集するようになり、鑑評会で1位となるなどして客観的に優秀と評価された酵母を採取し、純粋培養して頒布した。
こうして頒布された酵母には、日本醸造協会にちなんで「協会n号」(nには番号が入る)という名がつけられた。
このような酵母を協会系酵母、または協会酵母という。
アルコール発酵時に二酸化炭素の泡を出す泡あり酵母と、出さない泡なし酵母に大別される。

もともとの日本酒は、米のもつ地味な香りだけで、いわゆるワインのようなフルーティーな香りは無い。
香りをもつようになった吟醸酒・純米吟醸酒を誕生させるのに大きな役割を果たしたのは、協会系酵母のなかの協会系酵母協会7号と協会系酵母協会9号であった。

1980年代に吟醸酒が消費者層に広く受け入れられると、協会系酵母の他にも、少酸性酵母、高エステル生成酵母、リンゴ酸高生産性多酸酵母といった高い香りを出す酵母が多数つくられた。
今も大メーカーやバイオ研究所、大学などでさまざまな酵母がつくられている。

1990年代以降は、それぞれ開発地の地名を冠する静岡酵母、山形酵母、秋田酵母、福島酵母なども高く評価されるようになった。
最近では、アルプス酵母に代表されるカプロン酸エチル高生産性酵母や、東京農業大学がなでしこ、ベコニア、ツルバラの花から分離した花酵母などが、強吟醸香を引き出すのに注目を集めている。

しかし、日本酒における吟醸香は、ちょうど人が香水をやたらにつければ逆効果であるのに似て、あまり強すぎれば酒の味を損なう。
そこで、強い吟醸香を出す酵母は蔵元に敬遠される一面もある。
そういう酵母は、他の酵母とブレンドしたり、鑑評会への出品酒だけに使ったりと、まだ使い方が模索されている途上にあるといってよい。

乳酸菌

自然の乳酸菌を用いる場合もあるが、多くの酒では添加する。
酵母と同じように、日本醸造協会の「醸造用乳酸」もある。
乳酸菌によって生産される乳酸は、他の雑菌が繁殖しないようにするために、とくに仕込みの初期に重要である。
また、乳酸を始めとする酸が、酒に“腰”を与える。
もし酸が全くなければ、酒はただ甘いだけのアルコール液になってしまう。
酒造りでは、ほどよく酸を出すことも重要である。

その他

正式には副原料に区分されるもの。

〈ラベルに表示される項目〉

醸造アルコール

‐すっきりした味わいにするため、あるいは香りを残すためにもろみに加えられる。
単に増量のために加えられることもある(三倍増醸清酒)。
加えられたものはアル添酒と呼ばれる。

糖類

‐酒に甘みを付け加える。
また、糖化液として加えられ、それを発酵させる場合もある。

アミノ酸

‐酒に旨みを付け加える。

調味料

- 酒に旨みを付け加える。

酸味料

- 酒に酸味を付け加える。

<ラベルに表示されない項目>

酵素剤

‐麹菌が造る「酵素」を補うためなどに「酵素剤」を使用することがある。
原料重量の 1,000分の1 以下の場合、原料として扱われない。

活性炭

- 酒の雑味を取る。
使いすぎると酒自体の味が薄くなる。

清澄剤

ろ過助剤

日本酒の製法

日本酒はビールやワインとおなじく醸造酒に分類され、原料を発酵させてアルコールを得る。
しかし、日本酒やビールはワインと違い、原料に糖を含まないため、糖化という過程が必要である。
ビールの場合は、完全に麦汁を糖化させた後に発酵させるが、日本酒は糖化と発酵を並行して行う工程があることが大きな特徴である。
並行複発酵と呼ばれるこの日本酒独特の醸造方法が、他の醸造酒に比べて高いアルコール度数を得ることができる要因になっている。

日本酒は、次の過程を経て醸造される。

精米

玄米から糠・胚芽を取り除き、あわせて胚乳を削る。
削られた割合は精米歩合によって表わされる。

米に含まれる蛋白質・脂肪は、米粒の外側に多く存在する。
醸造の過程において、蛋白質・脂肪は雑味の原因となるため、米が砕けないよう慎重に削り落とされ、それにより洗練された味を引き出すことができる。
その反面、精米歩合が高くなればなるほど米の品種の個性が生かしにくくなり、発酵を促すミネラル分やビタミン類も失われるので、後の工程での高度な技術が要求されることになる。

精米の速度が速すぎると、米が熱をもって変質したり、砕けて使い物にならなくなるので、細心の注意をもってゆっくり行なわなくてはならない。
吟醸、大吟醸となると、削りこむ部分が大きいだけでなく、そのぶん対象物が小さくなって神経も使うので、精米に要する時間は丸二日を超えることもある。

1930年(昭和5年)ごろ以降は縦型精米機の出現により、より高度で迅速な精米作業が可能になった。
ひいてはのちの吟醸酒の大量生産を可能にした(参照:吟醸酒の誕生)。
最近ではこの縦型精米機をコンピュータで制御して精米している大メーカーもある。

放冷・枯らし

精米後の白米、分け後の酒母、出麹後の麹を次の工程で使用されるまで放置すること。

精米された米はかなりの摩擦熱を帯びている。
精米歩合が高く、精米時間が長ければ長いほど、帯びる熱量も大きくなる。
そのままでは次の工程へ進むには米の質が安定していない(杜氏や蔵人の言葉では「米がおちついていない」)ため、袋に入れて倉庫のなかでしばらく冷ますことになる。
また、摩擦熱によって蒸発した水分を元に戻す。

これを放冷(ほうれい)、また杜氏・蔵人の言葉では枯らし(からし)という。
「しばらく」と言っても数時間単位で済む作業ではなく、摩擦熱が放散しきって完全に米が落ち着くまで通常3週間から4週間はかかる。

洗米

精米された米は、精米の過程で表面に付いた糠・米くずを徹底的に除去される。
これが洗米(せんまい)である。

普通酒を造る米などは、機械で一度に大量に洗米される。
他方、高級酒を造る米は、手作業でおよそ10kgぐらいずつ、5℃前後の冷水で、流れる水圧を利用して少しずつ洗われる。
洗っている間にも米は必要な水分を吸収しはじめており、「第二の精米作業」と言われるほどに、細心の注意を払う工程である。
こうして洗われた米は浸漬へ回される。

浸漬

洗米された米は、水につけられ、水分を吸わされる。
これを浸漬(しんせき、若しくはしんし)という。

浸漬は、のちのち蒸しあがった米にムラができないように、米の粒全般に水分を行き渡らせるために施される工程である。
水が、米粒の外側から、中心部の酒米構造(杜氏蔵人言葉では「目んたま」)と呼ばれるデンプン質の多い部分へ浸透していくと、米粒が文字通り透き通ってくる。
米の搗(つ)き方、その日の天気、気温、湿度、水温などさまざまな条件によって、浸漬に必要な時間は精緻に異なる。
冬の厳寒のさなかの手仕事である。

このとき、米にどれだけ水を吸わせるかによって、できあがりの酒の味が著しく違ってくる。
米の品種や、目指す酒質によって、浸漬時間も数分から数時間と幅広い。
精米歩合が高い米ほど、その違いが大きく結果を左右するので、高級酒の場合はストップウォッチを使って秒単位まで厳密に浸漬時間を管理する。
米は水からあげた後もしばらく吸水しつづけるので、その時間も計算に入れた上で浸漬時間は判断される。

なお、できあがりの酒質のコンセプトによっては、意図的に途中で水から上げるなど、ある一定の時間だけ米に吸水させる。
これを限定吸水(げんていきゅうすい)という。

蒸し

浸漬を経た米は広げて、湿度を保たせる。
このあいだも米は水分を吸収し続ける。

その後、麹の酵素が米のデンプンを分解しやすくさせるために、米を蒸す。
この工程を正式には蒸きょう(じょうきょう:「きょう」は「食へんに強」)、もしくは杜氏蔵人言葉で蒸しという。
普通酒などでは自動蒸米機(じどうじょうまいき)という機械で蒸す。
高級酒などでは和釜に載せた甑(こしき)という大きな蒸籠(せいろ)に移して、約1時間ほど乾燥蒸気で蒸す。

蒸しあがった米は、「外硬内軟」といって、外側がパサパサとしていて内側が柔らかいのがよいとされている。
外側が溶けていると、コウジカビの定着の前に腐敗が始まる恐れがあり、また、内側に芯が残っていると、米で一番良質のデンプン質を含んだ部分が、糖化・発酵しない可能性があるからである。

なお、和釜から甑を外すことを甑倒し(こしきだおし)という。
それは単に蒸しの作業が終わることだけでなく、杜氏や蔵人たちにとっては気の抜けない酒造りの季節が終わり、ほっと一息つく日の到来をも意味する。

麹造り

麹とは、蒸した米に麹菌というコウジカビの胞子をふりかけて育てたもので、米のデンプンをグルコースへ変える糖化の働きをする(詳しくは麹参照)。
麹造りは正式には製麹(せいぎく)という。

口嚼ノ酒(くちかみのさけ)とカビの酒で醸されていた原初期の日本酒をのぞいて、奈良時代の初めにはすでに麹を用いた製法が確立していたと考えられる。
以来、永らく麹造りは、酒造りの工程に占める重要性と、味噌や醤油など他の食品への供給需要から、酒屋業とは別個の専門職として室町時代まで営まれてきた。
1444年の文安の麹騒動によって酒屋業の一部へと武力で吸収合併された(参照:日本酒の歴史室町時代)。

現在、たいてい酒蔵には麹室(こうじむろ)と呼ばれる特別の部屋があり、そこで麹造りが行なわれている。
床暖房やエア・コンディショナーなどで温度は30℃近く、湿度は60%以下に保たれている。
温度が高いのは、そうしないと黄麹菌が培養されないからである。
また湿度に関しては、それ以上高いと黄麹菌以外のカビや雑菌が繁殖してしまうからである。
入室には全身の消毒が必要で、関係者以外は入れない。
それに加え、室外から雑菌が入り込まないように二重扉、密閉窓、断熱壁など、かなりの資本をかけて念入りに造られている。
よく「麹室は酒蔵の財産」と言われる。

「麹」の項に詳しく述べられているように、麹からは糖化作用のためのデンプン分解酵素のほか、タンパク質分解酵素なども出ており、これらが蒸し米を溶かし、なおかつ酒質や酒味を決めていく。
あまり酵素が出すぎると目指す酒質にならないため、米の溶け具合がちょうどよいところで止まるように麹を造る必要がある。

破精込み具合

それを見極めるのに着目されるのが、米のところどころに生じる破精(はぜ)である。
ちょうど植物が土中へ根を生やすように、酵母が蒸米の中へ菌糸を伸ばしていくことを破精込み(はぜこみ)といい、その態様を破精込み具合(はぜこみぐあい)という。
破精込み具合によって麹は次のように分類される。

突破精型(つきはぜがた)

酵母の菌糸は蒸米の表面全体を覆うことなく、破精の部分とそうでない部分がはっきり分かれており、なおかつ菌糸は蒸米の内部奥深くへしっかり喰いこみ伸びている状態。
強い糖化と、適度なタンパク質分解力を持つ理想的な麹となり、淡麗で上品な酒質に仕上がるため、一般的な傾向としては吟醸酒によく使われる。

総破精型(そうはぜがた)

酵母の菌糸が蒸米の表面全体を覆い、内部にも深く菌糸が喰いこんでいる状態。
糖化力、タンパク質分解力ともに強いが、使用する量によっては味の多い酒になりやすい。
濃醇でどっしりした酒質に仕上がるため一般に純米酒に好んで使われる。

塗り破精型(ぬりはぜがた)

酵母の菌糸は蒸米の表面全体を覆っているが、内部には菌糸が深く喰いこんでいない状態。
糖化力、タンパク質分解力ともに弱く、粕歩合が高く、力のない酒になりやすい。

馬鹿破精型(ばかはぜがた)

前の工程、蒸しの段階で手加減を間違えたため、蒸米がやわらかすぎて、表面にも内部にも菌糸が喰いこみすぎ、グチャグチャになった状態。
こうなると雑菌に汚染されている危険もある。
酒造りには通常使えない。

杜氏や蔵人のあいだではよく「一、麹。二、酛(もと)。三、造り。」と言われる。
「よい麹ができれば酒は七割できたも同然」という杜氏や蔵人もいるくらいで、酒造りの根本として重要視される。

目安としては蒸し米30kgにつき約1坪のスペースが必要で、また大吟醸酒・純米大吟醸酒などでは蒸し米100kg当たりに振りかける黄麹菌は5gほどである。

目指す酒質によって、麹造りには以下のような方法がある。

蓋麹法

蓋麹法(ふたこうじほう)は、主に吟醸酒かそれ以上の高級酒のための方法である。
麹造りに要する時間は丸2日以上、だいたい50時間で、おおかた以下のような順番で作業がおこなわれる。

種切り まだ35℃近くの蒸し米を薄く敷き詰め、篩(ふるい)から種麹(たねこうじ)、すなわち粉状の黄麹菌を振りかけていく。
終わると米を大きな饅頭のように中央に集めて布で包む。

切り返し 種切りから8 - 9時間経つと、黄麹菌の繁殖熱により水分が蒸発し米が固くなっている。
いったん広げて熱を放散させたうえで、ふたたび大きな饅頭にして包む。

盛り 翌日あたりになると黄麹菌の活動が盛んになり、米の温度も上昇がいちじるしい。
そこで大きな饅頭を解き、小さな箱に米を少量ずつ小分けにしていき、この箱を決められたスペースに積み重ねて管理する。
この小さな箱のことを麹蓋(こうじぶた)といい、麹蓋に米を盛りつけることからこの工程を盛りと呼ぶ。
非吟醸系の酒の場合、麹蓋は使われないことも多い。

積み替え 盛りから3 - 4時間経つと、ふたたび米が熱を持ってくるので、麹蓋を上下に積み替えて温度を下げる。

仲仕事(なかしごと) ふたたび熱を散らすために米を広げて温度を下げる。

仕舞い仕事(しまいしごと) また熱を散らすため、米を広げる。
これで米の熱を散らす作業は終わりという意味から仕舞い仕事と呼ぶのだが、実際上はこれが最後ではない。

最高積み替え 仕舞い仕事のあとも米の温度はさらに上がる。
温度が最高になったときに、最後の温度調整のために麹蓋の上下積み替えをおこなう。
温度が最高になったときに行なうので最高積み替えという。
この後も何回か米の温度を見て、適宜に積み替えをして温度を下げる作業が続く。

出麹(でこうじ) 50時間ほど経過したころになると、栗を焼いたような香ばしい匂いがしてくる。
これが麹ができたサインとなる。
こうなったら麹室から麹を出す。

箱麹法

箱麹法(はここうじほう)は、蓋麹法から「3. 盛り」以降を簡略化する手法で、普通酒を中心とした酒質に用いられる。
麹蓋を大きくしたような麹蓋をつかって米を小分けするが、大きい分だけ一度に処理できる米の量が増え、ひいては手間やコストの低減化につながる。

床麹法

床麹法(とここうじほう)は、麹蓋や麹箱を用いずに、麹蓋(こうじどこ)などと呼ばれる、米に黄麹を振りかける台で米の熱を放散させて造る方法である。
普通酒を中心とした酒質に用いられる。

機械製麹法

機械製麹法(きかいせいぎくほう)は、機械を用いて麹を大量生産できる方法。
手間がかからず生産コストは抑えられるが、できる酒質には限界があるので、高級酒には適さないとされる。
普通酒を中心とした酒質に用いられる。

酒母造り

酵母を増やす行程のこと。
杜氏・蔵人言葉では「酛立て」(もとだて)という。

酵母にはグルコースをアルコールに変える働き、すなわち発酵作用があるものの、酒蔵で扱うような大量の米を発酵させるためには、微生物である酵母が一匹や二匹ではまったく不十分で、米の量に見合っただけの何百億、何千億匹もの酵母が必要となる。
だが、じっさいの酵母の数を数える単位は匹ではなくcellという。

こうした状況のなかで酒蔵では、アンプルに入っている少量の協会系酵母を特定の環境で大量に育てることになる。
このように大量に培養されたものを酒母(しゅぼ / もと)または酛(もと)という。

作業としては、まず酛桶(もとおけ)と呼ばれる高さ1mほどの桶もしくはタンクに、麹と冷たい水を入れ、それらをよく混ぜる。
すると水麹(みずこうじ)と呼ばれる状態のものができあがる。
酛桶は、最近では高品質のステンレス鋼のものが多く、どうみても「タンク」といった風体だが、醸造器としてはあくまでも「酛桶」という。

そのあと水麹に醸造用乳酸と、採用すると決めた酵母を少量だけ入れる。
採用する酵母は、多種多様な清酒酵母から、造り手が目指す酒質に適すると考えるものが通常は一種類だけ選ばれる。
その酵母があまりにも強い特性を持つ場合などには、それを緩和するためにもう一種類の酵母をブレンドして入れることも多い。

上記のものに蒸し米を加えると酒母造りの仕込みは完成する。
あとは製法によって2週間から1ヶ月待つと、仕込まれた桶のなかで酵母が大量に培養され酒母すなわち酛の完成となる。

酒母造りの場所は、酒母室(しゅぼしつ)もしくは酛場(もとば)と呼ばれ、雑菌や野生酵母が入り込まないように室温は5℃ぐらいに保たれている。
しかし麹室に比べると管理の厳重さを必要としないので、酒蔵によっては見学者を入れてくれるところもある。
酒母室のなかでは、酵母が発酵する小さな独特の音が響いている。

酒母造りの際には、タンクの蓋は開け放しの状態になるから、空気中からタンク内にたくさんの雑菌や野生酵母が容易に入り込んでくる。
そのため硝酸還元菌や乳酸菌を加え、乳酸を生成させることによって雑菌や野生酵母を死滅させ駆逐することが必要となる。
この乳酸を、どのように加えるかによって、酒母造りは大きく生酛系(きもとけい)と速醸系(そくじょうけい)の2つに分類される。

生酛系

生酛系(きもとけい)の酒母造りは現在大きく生酛(きもと)と山廃酛(やまはいもと)に分けられる。

生酛

生酛(きもと)とは、現在でも用いられる中で最も古くから続く製法で、乳酸菌を空気中から取り込んで乳酸を作らせ、雑菌や野生酵母を駆逐するものである。
酒母になるまでの所要期間は約1ヶ月。
所要期間が長いのは、工程が多く手間がかかるのと、醗酵段階も完全醗酵させるからである。
現在でも時間や労力がかかるので敬遠される傾向にある。
しかし、成功すればしっかりとした酒質となるため、伝統の復活のために取り組んでいる酒蔵も増えてきている。
主な工程は以下の通り。

米、麹、水を桶(タンク)に投入 > 山卸 > 温度管理 > 酵母添加 > 温度管理 > 酒母完成

しかし、腐造や酸敗のリスクが大きかったことから明治42年(1909年)に国立醸造試験所(現在の独立行政法人酒類総合研究所)によって山廃酛が開発された。
次項参照。

山廃酛

山廃酛(やまはいもと)とは、生酛系に属する仕込み方の一つで山卸廃止酛(やまおろしはいしもと)の略である。
この方法で醸造した酒のことを 山廃仕込み(やまはいしこみ / -じこみ)あるいは単に山廃(やまはい)という。
おおざっぱに言えば、生酛造りの工程から山卸を除いたものとなる。
単に山卸を省略したものではなく、関連するその他の細部の作業もいろいろ異なる。
「山卸」とは米と麹と水を櫂で混ぜる作業のことで「酛すり」ともいう。
詳しくは「山廃仕込み」「生酛生酛・山廃・速醸酛の関係」参照。

速醸系

速醸系(そくじょうけい)では、乳酸を人工的にあらかじめ加える、近代的な製法。
明治43年(1910年)に考案された。
仕込み水に醸造用の乳酸を加え、じゅうぶんに混ぜ合わせた上で、掛け米と麹を投入して行なわれる。
速醸酛(そくじょうもと)とも呼ばれる。
所要期間は約2週間。
現在造られている日本酒のほとんどは、速醸系である。
工程は以下のとおり。

米、麹、水、乳酸を混ぜる > 酵母添加 > 温度管理 > 酒母完成

醪造り

もろみとは、仕込みに用いるタンクのなかで酒母、麹、蒸米が一体化した、白く濁って泡立ちのある粘度の高い液体のことである。
学問的・専門的にではなく、あくまでも一般的理解のためという前提で補足すると、日本酒の製法という文脈に限っては、「醪(もろみ)」=「仕込み」=「造り」としてほぼ同意に使われることが多い。

したがってこの醪造りも、単に「造り」と呼ばれる。
「一に麹、二に酛、三に造り」というときの「造り」はこれを意味している。
またこの造りをおこなう場所を仕込み場(しこみば)という。
現在の仕込み場は、たいてい温度センサーのとりつけられた3段仕込みタンクが並んでいる。

醪造りの工程においては、酵母のはたらきでもろみがアルコールを生成すると同時に、麹によってデンプンが糖に変わる。
この同時並行的な変化が日本酒に特徴的な並行複発酵である。

また仕込むときに三回に分けて蒸米と麹を加える。
これが室町時代の記録『御酒之日記』にもすでに記載されている段仕込みもしくは三段仕込みである。

この方法により酵母が活性を失わずに発酵を進めるため、醪造りの最後にはアルコール度数20度を超えるアルコールが生成される。
これは醸造酒としては稀に見る高いアルコール度数であり、日本酒ならではの特異な方法で、世界に誇れる技術的遺産といえる。

1回目を初添(はつぞえ 略称「添」)という。
踊りと呼ばれる中一日を空けて、2回目を仲添(なかぞえ 略称「仲」)という。
3回目を留添(とめぞえ 略称「留」)という。
20 - 30日かけて発酵させる。

吟醸系(吟醸酒・純米吟醸酒・大吟醸酒・純米大吟醸酒)と非吟醸系(それ以外の酒)は、この過程において以下の二つの点で造り方が分かれる。

精米歩合

精米は、米に含まれるタンパク質を取り除くために行われる。
生物の構成において蛋白質が重要である以上、精米歩合の高い麹米・掛米から造られた醪は、酵母が生きていくにはよい環境ではない。
そのため、酵母はその環境で生存するために、それら自身がアミノ酸、クエン酸、リンゴ酸などの有機酸を生成する。
これらの中で、揮発性のものが独特の吟醸香を構成する。
米が削り込んであればあるほど、酵母は苦しんで、吟醸香を出す。

温度管理

酵母がブドウ糖からエネルギーを得るためにも、また酵母が自身にとって快適な生存環境を構築するためにも、熱が放出される。
しかし、その熱は醪の中の化学成分、特に有機酸に影響を与えて、雑味となる成分を生成してしまう。
また生物は、主な構成物質が蛋白質であるために、その大半は蛋白質の凝固温度の手前である35℃前後が活動に適した温度である。
雑味を抑えるためには、発酵熱が放出されてもなお35℃を下回らなければならない。
そのために、日本酒造りは冬の寒い時期に行われることになった。
通常の造りは15℃前後に熱を抑えるのに対し、さらに有機酸への影響を多く考えなくてはならない吟醸系の場合は10℃前後が目安とされる。

泡の状貌

温度計もセンサーもなかった時代から、杜氏や蔵人たちはもろみの表面の泡立ちの様子を観察し、いくつかの段階に区分けすることによって、内部の発酵の進行状況を把握してきた。
この醪の表面の泡立ちの状態を(泡の)状貌(じょうぼう)といい、以下のように示される。

筋泡(すじあわ) 段仕込み留添から2 - 3日ほど経つと生じてくる筋のような泡で、醪の内部での発酵の始まりを告げる。

水泡(みずあわ) 筋泡からさらに2日ほど経ったころ。
カニが口から吹くような白い泡。
醪の中の糖分は頂点に達している。

岩泡(いわあわ) 水泡からさらに2日ほど経ったころ。
岩のような形となる泡。
発酵にともなって放熱されるので温度上昇も著しいころである。

高泡(たかあわ) 岩泡からさらに2日ほど経ったころ。
段仕込み留添から通算すると1週間から10日前後。
岩泡全体が盛り上がりを見せる。
化学的には発酵が糖化に追いつこうとしている状態。
泡あり酵母と泡なし酵母の区別は、この高泡の有無で決められることが多い。

落泡(おちあわ) 留添から12日前後経ったころ。
泡の盛り上がりが落ち着いてくる。
化学的には発酵が糖化に追いついた状態。

玉泡(たまあわ) さらに2日ほど、また留添から通算で2週間ほど経ったころ。
詳しくは大玉泡→中玉泡→小玉泡に分けられる。
泡は玉のかたちになってどんどん小さくなっていく。
小さければ小さいほど発酵はだいぶ落ち着いてきている。

地(じ) さらに5日ほど、または留添から通算3週間近く経ったころ。
玉泡が小さくなりきって、今度は消えていく。
発酵も終盤に近いことを示す。
だが、どの段階で「醪造り」の全工程の終了とみなすかは、杜氏の判断に任されている。
目的とする酒質によっては、このまま何日か時間を置いたほうがよく、また吟醸系の場合はさらにその状態を持続させることが好ましいとされるからである。

近年、泡なし酵母が多く開発されてきた。
今日でも泡あり酵母を使った醸造では、仕込みタンクのなかで日々刻々と上記のような状貌の推移を見ることができる。

アルコール添加

上槽の約2日前から2時間前にかけて、ゆっくりと丹念に30%程度に薄めた醸造アルコールを添加していくこと。

「アルコール添加」または略して「アル添(アルてん)」という語感から、工業的に何か不純な添加物を加えるかのようなイメージをもたれることが多い(参照:当記事内『美味しんぼ』)が、古くは江戸時代の柱焼酎という技法にさかのぼる、伝統的な工程のひとつである。
次のような目的がある。

防腐効果 現在のアルコール添加の起源となっている、江戸時代の柱焼酎は、酒の腐造を防ぐために焼酎を加える技法であった。
かつては防腐効果がアルコール添加の最も重要な目的であった。
衛生管理が進んだ現代では、こうした意味合いは薄れてきている。

香味の調整 現在のアルコール添加の目的の第一はこれである。
適切なアルコール添加は、醪からあがった原酒に潜在している香りを引き出す。
特に吟醸系の酒の香味成分は、水には溶けないものが多く、それを溶かしだすためにアルコール添加が必要となる。
そもそも吟醸酒自体が、アルコール添加を前提として開発された酒種であった(参照:日本酒の歴史吟醸酒の誕生)。
現在、吟醸酒を生産する酒蔵ではアルコール添加は酒質を高めるために必須と考えているところが多い。

味の軽快化 現在のアルコール添加の目的の第二。
もろみの中には発酵の過程で生成された糖や酸が多く含まれており、これらを放置しておくと、完成した酒が、良く言えば重厚、悪く言えば鈍重な味わいになる。
ここでアルコール添加をおこなっておくと、それらが調整される。
また純米酒はその性質上、多かれ少なかれ酸味が飲んだ後に残る。
アルコール添加により酸味が抑えられ、飲み口がまろやかになる。
さらに、現代の食生活では旨み・油が多用され、飲料としては軽快な味わいのものが求められるようになってきた。
そのため、酒の切れ味を良くするためにアルコール添加が活用されている側面もある。

増量 三倍増醸清酒の全盛時代には、酒の量を水増しするために行なわれたことが多かった。
「アル添」という工程が一般的に悪いイメージを持たれるのには、主にそうした前の時代の負の遺産であると言い訳されることもある。
しかし、実際に「アル添」されたものは臭みが増すとの声もある。
「香味の調整」や「味の軽快化」などは建前であって「増量」こそが本当の目的の場合もある。
増量目的と言えばイメージが悪いので、そうは言えないのである。

上槽

上槽(じょうそう)とは、もろみから生酒(なまざけ)を搾る工程である。
杜氏の判断で「熟成した」と判断された醪へ、アルコール添加や副原料が投入される。
これを搾って、白米・米麹などの固形分と、生酒となる液体分とに分離する。
杜氏蔵人言葉では搾り(しぼり)、上槽(あげふね)ともいう。

なお、固形分がいわゆる酒粕(さけかす)になる。
原材料白米に対する酒粕の割合を、粕歩合(かすぶあい)という。

上槽をおこなう場所を上槽場(じょうそうば)といい、普通酒、本醸造酒、純米酒は、そこで醪自動圧搾機(もろみじどうあっさくき)や遠心分離機(えんしんぶんりき)などの機械で搾られる。
吟醸酒のように丁寧な作業を要する酒は、昔ながらの槽搾り(ふねしぼり)、ヤブタ搾り、袋吊りなどの方法で搾られる。
それは単に手造り感を演出しているわけではない。
吟醸酒の醪には溶解していない米が他種の酒よりも多く残る結果となるので、機械で搾ろうとしても酒粕が詰まってしまうからである。

搾りだされた酒が出てくるところを槽口(ふなくち)という。

また酒蔵では、その年初めての酒が上槽されると、軒下に杉玉(すぎたま)もしくは杉玉(さかばやし)を吊るし、新酒ができたことを知らせる習わしがある。
吊るしたばかりの杉玉は蒼々としているが、やがて枯れて茶色がかってくる。
この色の変化がまた、その酒蔵の新酒の貯蔵・熟成具合を人々に知らせる役割をしている。

滓下げ

滓下げ(おりさげ)とは、上槽を終えた酒の濁りを取り除くために、待つことを指す。
槽口(ふなくち)から搾り出されたばかりの酒は、まだ炭酸ガスを含むものも多く、酵母・デンプンの粒子・蛋白質・多糖類などが漂い、濁った黄金色をしている。
この濁りの成分を滓(おり)といい、これらを沈殿させるため、酒はしばらくタンクのなかで放置される。
滓下げによる効果は、単に濁りをとることに留まらず、余分な蛋白質を除去することで、瓶詰後の温度変化や経時変化によって引き起こされる蛋白変性での濁りを予防する。
後工程となる濾過の負担軽減へも影響を及ぼす。

滓下げを施した上澄みの部分を「生酒」(なましゅ)という。
「生酒」(なまざけ)とは別の概念なので注意を要する。

完成酒を生酒(なまざけ)や無ろ過酒(むろかしゅ)に仕立てる場合などは異なるが、大多数の一般的な酒の場合、上槽から出荷までには二度ほど滓下げを施すことが多い。
第一回目の滓下げをおこなったあとの生酒(なましゅ)にも、まだ酵母やデンプン粒子などの滓が残っているのがふつうである。
そのため、雑味もかなりあり、これらを漉し取るために濾過(ろか)の工程が必要となってくる。

近年では、消費者の「生」志向に乗じて、滓下げ以降の工程を施さず無濾過生原酒として出荷する酒蔵もあらわれてきている。

濾過

ろ過(ろか)とは、滓下げの施された生酒(なましゅ)の中にまだ残っている細かい滓(おり)や雑味を取り除くことである。
液体の色を、黄金色から無色透明にできるだけ近づける目的もある。
なお、この工程をあえて省略して、無濾過酒(むろかしゅ)として出荷する場合も多い。

活性炭濾過 生酒(なましゅ)の中に、粉末状の活性炭を投入して行なわれる濾過を炭素濾過(たんそろか)もしくは活性炭濾過(かっせいたんろか)ともいう。
この活性炭粉末を、酒蔵では単に炭(すみ)と呼ぶ。
基本的には一般家庭の冷蔵庫などで使われる脱臭炭や、タバコのフィルターに入っている黒い粉末と同じものである。
目安として、生酒(なましゅ)1キロリットルにつき炭1kgを投入し、取り除きたい成分や色をその炭に吸着させて沈澱させる。
その後に不要成分ごと炭を脱去する。
活性炭を投入するといっても、単に投げ入れるだけではなく、取り除きたい成分や色だけを抜くところにこの工程の難しさがある。
あまり入れすぎると酒は澄んでくるが、味も色も香りもすべて無化して面白くも何ともない完成酒になってしまう。
じつは高級酒ほど炭の使用量は少なく、根強いファン層を持つ銘酒では0.06キログラム程度であるともされる。
このように、炭加減(すみかげん)がたいへん微妙であることから、地酒の本場では蔵人のあいだで炭屋(すみや)と呼ばれる、この工程だけの専門家が多く存在した。
活性炭濾過そのものが過去の手法になりつつあり、現在では活性炭の使用量、使用の有無、炭屋なる専門職は減少傾向にある。
また活性炭を使用してから他の方法で濾過する場合も多いので、「活性炭の使用」の有無と「濾過」の有無は、まったく別の次元の話である。

珪藻土濾過 精製された珪藻土の層を用いた濾過を行い、夾雑物を、そして活性炭濾過を行なったあとであれば活性炭そのものを取り除く。
珪藻土とは珪藻類の化石で、非常に小さな孔を多数持つ形状をしており、色の元となる物質、雑味物質、香り物質もある程度除去する。
この濾過技術の進歩は、活性炭の使用が減少している一助ともなっている。

濾紙による濾過 特殊な濾紙を用いて濾過をする場合もある。

フィルター濾過 最近とみに増加してきた。
カートリッジ式のフィルターを用いて濾過する方法。
カートリッジ式なので取替えが可能で、手軽さがメリットである。
とくに生酒(なまざけ)として出荷する場合は、火落ち菌対策として、火入れをしないことから、高精度な(0.22 - 0.65μ程度の)除菌のための濾過をこれによっておこなう。

槽口(ふなくち)から搾られたばかりの日本酒は、たいてい秋の稲穂のように美しい黄金色をしている。
かつての全国新酒鑑評会では、酒に色がついた出品酒を減点対象にしていた時代があった。
いきおい、酒蔵はどこも懸命に活性炭濾過で色を抜き、水のような無色透明の状態にして出荷することが多かった。

いわゆる「清酒」という言葉から一般的に連想される無色透明な色調は、そのような時代の名残りともいえる。
現在では、雑味や雑香はともかく色の抜去は求められなくなってきたので、色のついたまま流通する酒が復活し、むしろ自然な色のついた酒の素朴さを好む消費者も増えてきている。
このような流れのなかで、濾過のあり方も今後どうなるか注目されている。

火入れ

火入れ(ひいれ)とは、醸造した酒を加熱して殺菌処理を施すこと。
火当て(ひあて)ともいう。
火入れされる前の酒は、まだ中に酵母が生きて活動している。
また、麹により生成された酵素もその活性を保っているため酒質が変化しやすい。
また、乳酸菌の一種である火落ち菌が混入している恐れもある。
これを放置すると酒が白く濁ってしまう(火落ち)。

そこで火入れにより、これら酵母・酵素・火落菌を殺菌あるいは失活させて酒質を安定させる。
これにより酒は常温においても長期間の貯蔵が可能になる。
しかし、あまり加熱が過ぎれば、アルコール分や揮発性の香気成分が蒸発して飛んでしまい酒質を損なう。
そのため、これも加減が難しい。
現在は通常は62℃ - 68℃程度で行なわれる。

火入れの技法は、室町時代に書かれた醸造技術書『御酒之日記』にもすでに記載され、中古から畿内を中心に行なわれていたことがわかる。
これはすなわち、西洋における細菌学の祖、ルイ・パスツールが1862年に殺菌温度を発見するより500年も前に、日本ではそれが酒造りにおいて一般に行なわれていたことになる。

明治時代前期に来日したイギリス人アトキンソンは、1881年に各地の酒屋を視察、「酒の表面に“の”の字がやっと書ける」程度が適温(約130°華氏(55℃))であるとして、温度計のない環境で寸分違わぬ温度管理を行っている様子を観察し、驚きをもって記している。

火入れと「生酒」の関係

火入れをしていない酒は「生酒」「無濾過生原酒」などとして人気がある。
たしかにそういう「生」系の酒はみずみずしく、香りも若やいで華やかであり、また残存する微発泡感はのど越しもよく、それなりの商品価値がある。

しかし、一般にもたれている次のようなイメージはほとんど誤りである。

生酒は、火入れをしていないので、それだけ新鮮さが保たれている。

火入れは、酒の若さを失わせる工程である。

生酒は、蔵で飲めるしぼりたての新酒の味である。

火入れをしなければ劣化が早く、すぐに生老ね香を発する。
正しい保存管理をしていない飲食店などでは、劣化した酒を5℃前後まで冷やし、冷たさでわからないようにして出しているところも多い。
ゆえに火入れとは、かえってその酒の新鮮さを長く保つために行なう工程であるという人もいる。
「生」系の酒の味は荒々しく、貯蔵・熟成を経た酒が持つ旨みやまろみ、深みに欠ける。
そのため、おおざっぱな言い方をすれば、筋金入りの愛飲家のあいだでは一般に火入れの工程を経た酒の方が好まれる傾向がある。
しかし正しい保存管理をしていない「生酒」を飲んでいるために保存管理が楽な火入れされた酒が好まれているという面もある。
火入れをすると酒の繊細さが失われるのは事実であり、保存管理さえ徹底されていれば火入れした酒にはない味わいがあることを忘れてはならない。

刺身に代表される「生」の食文化圏である日本では、新鮮であることが抜きん出て好まれる。
また日本の日本酒業界は、「生」や「辛口」で売り上げを伸ばしたビール業界の影響を受けやすい。
それらの要因から、日本酒も上記のような「生」と銘打った商品が1980年代から増えてきたのであった。

そうした状況を「生酒ブーム」という表現で切り捨てる酒類評論家も多く、また近年の消費低迷期と関連づけて具体的な苦言を提している識者もいる。

「生酒」をめぐる表示問題

生貯蔵酒(なまちょぞうしゅ)や生詰酒(なまづめしゅ)に仕立てる場合などをのぞいて、大多数の一般的な酒の場合、上槽から出荷までのあいだに火入れは二度ほど行なわれる。
すなわち、一回目は貯蔵して熟成させる前、二回目は瓶詰めして出荷する直前である。
とくに一回目の火入れは、成分に落ち着きを与え、その先の貯蔵中にどういうふうに熟成していくかの方向性を左右する。
これをわかりやすくチャートにすると以下のようになる。

上槽 → 滓下げ1回目 → 濾過1回目 → 火入れ1回目 →貯蔵・熟成 → 滓下げ2回目 → 濾過2回目→割水→火入れ2回目 → 瓶詰め → 出荷

生貯蔵酒(なまちょぞうしゅ) 火入れ1回目をしない。
杜氏蔵人言葉では「先生」(さきなま)、「生貯」(なまちょ)などという。

生詰酒(なまづめしゅ) 火入れ2回目をしない。
杜氏蔵人言葉では「後生」(あとなま)などという。

生酒(なまざけ) 火入れ1回目も2回目もしない。
杜氏蔵人言葉では「生生」(なまなま)、「本生」(ほんなま)などという。

生酒(なましゅ) 滓下げ1回目を施された上澄み部分の酒のこと。

以上のような前提の中で、生貯蔵酒や生詰酒は、少なくとも一回は火入れをしていて本当は「生」ではないわけだから、「生」を名称に含めるのは妥当ではない、という議論がなされている。

また、「生」好みの消費者心理を利用し、生貯蔵酒や生詰酒の「生」の字だけを大きく、あるいは目立つ色彩でラベルに印刷し、その他の文字を小さく地味に添えるなどして、あたかも生貯蔵酒や生詰酒が「生」の酒であるかのようにイメージを演出して流通させている蔵元もある。
こういう傾向が行き過ぎたものは不当表示にあたる、と指摘する識者もいる。
一方では、吟醸酒や純米酒のなかには「生詰」と表示しているだけでも、ほんとうの生酒(なまざけ)、言うならば「生生」も流通されるようになってきた。

居酒屋など日本酒を出す飲食店のなかには、じっさいは本当の生酒(なまざけ)ではなく、生貯蔵酒や生詰酒であるのにもかかわらず、メニューや張り紙に「生酒」と書いて客に提示している店も多く見かける。
生酒(なまざけ)は、保存や流通のコストが高くなり、それだけ販売価格も高くなるものである。
それを、生貯蔵酒や生詰酒の値段でメニュー表示されたならば、とうぜん消費者は「割安だ」と勘違いする。
こういう表示の仕方は、れっきとした偽装表示にあたるので、消費者はためらいなく指摘することができる。

熟成の概要

熟成(じゅくせい)とは、貯蔵されている間に進行する、酒質の成長や完成への過程をいう。

上槽や滓下げのあと、無濾過や生酒として出荷するために、濾過や火入れを経ないものもある。
そうでない製成酒は通常それらの工程を経た後に、さらに酒の旨み、まろみ、味の深みなどを引き出すためにしばらく貯蔵(ちょぞう)される。

吟醸酒の酒は、香りや味わいを安定させるために、半年かそれ以上、熟成の期間を持たせるものも多い。
しかし、いちいち新酒・古酒・秘蔵酒、新酒・古酒・秘蔵酒といった表示をするのは、吟醸の品格からして無粋であるというような感覚から、そういった表示はラベルにされないのが通常である。

非吟醸系であっても、本醸造酒や純米酒では、酒蔵のある風土の自然条件、水の特徴、杜氏が目的とするコンセプトなどさまざまな理由から、長期間貯蔵して熟成させるものがある。

熟成のメカニズム

火入れを経過させない酒においては発酵が止まっておらず、調熟作用(ちょうじゅくさよう)といって、アミノ酸分解や糖化により風味の自然調和が続いている。
そのため、調熟作用によって最終的にその酒の持ち味を生み出している銘柄では、すぐに出荷せず貯蔵・熟成させるのは、欠かすことのできない工程の一部である。
一般的に完全醗酵させた純米酒は熟成がゆっくりと進み、劣化しにくい。
完全醗酵完全醗酵でないの製成酒は、アルコールに分解されていない成分が多く含まれるため、酒質の変化は早いが劣化しやすいと言われている。

熟成の原因は、大きく分けて外部から加わる熱や酸素になどによる物理的要因と、内部で起こるアミノ酸を初めとする窒素酸化物やアルデヒドなどによる化学的原因とに分かれる。
しかし、具体的な理論に関しては未解明な部分が多い。
たとえば、廃坑や廃線になったトンネルなど或る特定の場所で貯蔵すると、いくら温度や湿度など科学的に条件を同じにしても、他の場所で貯蔵するよりもあきらかに味がまろやかになる、といった例は多い。
福岡銘酒会に加盟する16場の酒蔵が共同で使用している黒木町トンネルなどが一例である。
そのトンネル内の何が、好ましい熟成に作用しているのかは未だ解明されていない。

日本酒の賞味期限の問題

日本酒は、牛乳などと同じく、新鮮さが命であるため、「生酒」の問題点はもちろんのこと、そうではない火入れをしてある酒であっても、原則的には出荷後はできるだけ早く飲んだほうがよい、と一般に言われている。
しかしじつは、これは主に酒蔵側の主張にすぎない。
蔵元と密着して執筆活動を営んでいる酒類評論家も、たいていこの立場を取る。

しかし一方では、開封さえしなければ、たいていの酒は買ってから自分の手元で手軽に熟成させうると主張する者が、流通・販売・消費者の側には多く存在する。

「早く飲むべきである」と言いつつも、酒蔵側が出荷前に熟成の期間をおく理由は、貯蔵・熟成の期間をおいて最高の酒質になったときを見計らって出荷するからである。
だから、腐敗などの危険をさておけば、酒蔵が意図したコンセプトを味わってもらうために、自然と「出荷後はできるだけ早く飲んでほしい」と言うことになる。

しかし酒蔵の意図したコンセプトが、必ずしも消費者、とりわけ熟達した飲み手の嗜好に合わないこともある。
こういうときには、しばらく自宅で寝かせて(貯蔵・熟成させて)みて、もっとおいしくなることもある、というわけである。
わかりやすく言えば、料理人が「これは何もかけないでこのまま食べてみてください」と言って出してきても、グルメは一口食べて「やはりこの方が私は」と言って柚子を垂らしたり、自分の側でひと手間かけることもある、というわけである。

食との相互補完

滋賀県の鮒寿司のように、その地方の基本的食品がある一定の期間の貯蔵・熟成を経てから食べられる土地などにおいては、食品が熟成する時間と同じだけの時間が、酒質の完成にももとよりかかるように醸造される酒もある。
つまり食と酒を同じ時期に仕込み、同じ年月を隔てて同時に食べるわけである。
こういった熟成は、まさに食文化の基礎にある相互補完という地酒の原点を物語るものである。

新酒・古酒・秘蔵酒

日本酒は、毎年7月から翌年6月が醸造年度と定められており、通常は製造年度内に出荷されたものが新酒と呼ばれる。

しかし最近は、上槽した年の秋を待たず6月より前に出荷する酒に「新酒」というラベルを貼って、ひやおろしから差別化して新鮮さをアピールする酒が増えたために、「新酒」の定義に混乱が生じつつある。

また古酒に関しても、酒類評論家のなかには「5年以下は古酒と認めない」という立場をとる人もおり、明確な定義が確立されているわけではない。

なお、蔵元のなかには西洋のワインにおけるヴィンテージという考え方を導入し、ラベルに酒の製造年度を明記しているところもある。
熟成することによって味に奥行きが出るように造るこうしたヴィンテージ系日本酒は、熟成期間の長いものでは20 - 30年にも及ぶ。

ひやおろし

ひやおろしとは、冬季に醸造したあと春から夏にかけて涼しい酒蔵で貯蔵・熟成させ、気温の下がる秋に瓶詰めして出荷する酒のことである。
その際、火入れをしない(冷えたままで卸す)ことから、この名称ができた。
醸造年度を越して出荷されるという意味では、ほんらい古酒に区分されることになるが、慣行的に新酒の一種として扱われる。

大古酒

大古酒(だいこしゅ / おおこしゅ)という語に関して、現在のところ明確には定義されていない。
しかし概して「大」が付くにふさわしい、桁違いの熟成が求められる。
1968年(昭和43年)に開封された元禄の大古酒のように279年まで行かなくとも、熟成期間100年を超した年代ものは一般に大古酒と呼ばれる。

割水

割水(わりみず)とは、貯蔵・熟成のための貯蔵タンクから出された酒へ、出荷の直前に水を、より正確には酒造用水を加える作業をいう。
加水調整(かすいちょうせい)あるいは単に加水とも呼ばれる。
ちなみに焼酎の製造過程では、まったく同じ工程を和水(わすい)と呼んでいる。

この工程の目的は、酒のアルコール度数を下げることにある。
もろみができた直後には、ほとんどの酒が並行複発酵により20度近いアルコール度数となっている。
アルコール度数の高いほうが腐敗の危険が少ないので、貯蔵・熟成もこの20度近いアルコール度のまま行なわれる。
出荷するときには酒税法の規定との兼ね合いもあり、また消費者が低アルコール度を好むという事情もあって、目的とするアルコール度数まで下げる必要がある。
(「低濃度酒」参照。)

いっぽう、割水をしないで、醪ができた時点のアルコール度のまま出荷した酒のことを原酒(げんしゅ)という(ただし、アルコール度数の変化が1%未満の加水は認められている)。

原酒というと、一般的にはその酒の元となった醪や酵母を使った本源的な酒、あるいは何かどろっとした濃いエキスのような酒がイメージされるようであるが、実際はそういうものではない。
ただ、割水をしていない分、一般酒よりもアルコール度数が高めであることは確かである。

瓶詰め・出荷

こうして割水など最後の調整を果たした酒は、洗浄用水で洗浄された瓶の中へ瓶詰め(びんづめ)され、出荷され、各自の蔵元がそれぞれ独自に切り拓いている流通販路に乗る。

製法の用語・表現

現在は使われていない、歴史上の製法にかかわる表現を含む。

「歩合」

「- 歩合(ぶあい)」で終わる用語には、次のものがある。

精米歩合

重量精米歩合

見掛精米歩合

真精米歩合

整粒歩合
麹歩合
粕歩合
汲み水歩合
酒垂れ歩合または 「清酒垂れ歩合」

「仕込み」「造り」

学問的・専門的にではなく、あくまでも一般的な理解のためという前提で補足すると、日本酒の製法という文脈に限っては、「仕込む」 = 「造る」、「仕込み」 = 「造り」というように、ほぼ同義語として考えてよい。
どちらが呼称として一般的であるかは、その時代の趨勢と、造り手の意図によるところが大きい。

「- 仕込み」または「- 造り」で終わる用語には、次のものがある。

山廃仕込み(やまはいじこみ)

段仕込み(だんじこみ)

三段仕込み(さんだんじこみ)

四段仕込み

寒造り(かんじこみ) または 寒造り(かんづくり)

十水仕込み(とみずじこみ)

宮水仕込み(みやみずじこみ)

高熱液化仕込みまたは高温液化仕込み

木桶仕込み または 木桶造り

木樽造り

融米造り(ゆうまいづくり)

焙炒造り(ばいしょうづくり)

姫飯造り(ひめいいづくり)

「酛」「酒母」

学問的・専門的にではなく、あくまでも一般的な理解のためという前提で補足すると、日本酒の製法という文脈に限っては、「酛(もと)」=「酒母(もと/しゅぼ)」はほぼ同義語として考えてよい。

「- 酛」または「- 酒母」で終わる用語には、次のものがある。

菩提酛(ぼだいもと)

煮酛(にもと)

高温糖化酛(こうおんとうかもと)または「高温糖化酒母」

速醸酛(そくじょうもと)

中温速醸酛(ちゅうおんそくじょうもと) または 「中温速醸酒母」

山廃酛(やまはいもと)または「山卸廃止酛」

生酛(きもと)

その他

以上の分類にあてはまらない用語には、次のものがある。

アルコール添加(あるてん)

ひやおろし

酛立て(もとだて)

四段掛け(よんだんがけ / よだんがけ)

柱焼酎

汲水

打瀬(うたせ)

高温糖化法

火落ち

無濾過(むろか)

炭素濾過(たんそろか)または活性炭濾過(かっせいたんろか)

特定名称分類

現在の清酒の分類において、もっとも重要なのは特定名称である。
原料や製法が一定の基準を満たす清酒は、純米酒(じゅんまいしゅ)、吟醸酒・純米吟醸酒(ぎんじょうしゅ)、本醸造酒(ほんじょうぞうしゅ)といった特定名称酒(とくていめいしょうしゅ)に分類される。
特定名称酒に該当しない清酒は、普通酒(ふつうしゅ)と呼ばれる。

ただし、平成16年(2004年)1月1日から精米歩合規定が撤廃されたため、下記に示す条件に合わない場合でも記載は可能となっているのが現状であるため、名称はあくまで目安に過ぎない。
(詳しくは「純米酒」の項を参照。)

特定名称以外にも、特徴的な原料や製法によって様々な分類がある。
これらは国税庁の告示である清酒の製法品質表示基準により定められるものと、酒造メーカーや業界団体によって伝統的・慣用的に用いられるものとがある。

前者においては、特定名称といくつかの記載事項・国税庁による任意記載事項・記載禁止事項が定められている。
後者においては、付加価値を高めるため前者において定義されていない多様な分類が見られる。
同意の分類でも地方や世代などによって異なる用語が用いられることがあり(中取り / 中汲み 等)、統一されていない。

特定名称の使用が定められる以前は、特級、一級、二級という日本酒級別制度が存在した(詳しくは日本酒の歴史を参照)。

なお、酒造メーカー独自のランク付けとして、特撰、上撰、佳撰などという呼称も一部で使われている。

普通酒

特定名称酒以外の清酒。
一般に流通している大部分の日本酒である。
米、米麹(こめこうじ)以外にも、醸造アルコール、糖類、酸味料、うま味調味料、酒粕(さけかす)などの原料を加えて作ることが、副原料の重量が米・米麹の重量を超えない範囲という条件つきで認められている。
三倍増醸清酒、またはそれをブレンドした酒も普通酒に含まれる。

特定名称酒

三等米以上の白米を用い、白米の重量に対する米麹の使用割合が15%以上の清酒。
原料や精米歩合により本醸造酒(ほんじょうぞうしゅ)・純米酒(じゅんまいしゅ)・吟醸酒(ぎんじょうしゅ)に分類される。

本醸造酒

精米歩合70%以下の白米、米麹および水と醸造アルコールで造った清酒で、香味及び色沢が良好なもの。
使用する白米1トンにつき120リットル(重量比でおよそ1/10)以下のアルコール添加(アル添)をしてよいことになっている。
そのままではアルコール度数が高いので水で割ってあることが多い(割水)。
そのため、旨味や甘味にとぼしく、一般的に味は軽くなり、すっきりしたものとなる。

純米酒

白米、米麹および水だけを原料として製造した清酒で、香味及び色沢が良好なもの。

ただし、その「白米」は、3等以上に格付けた玄米又はこれに相当する玄米を使用する。
さらに「米麹」の総重量は、白米の総重量に対して15%以上必要である。

一般に吟醸酒や本醸造に比べて濃厚な味わいであり、蔵ごとの個性が強いといわれる。

歴史的にはもともと日本酒は昭和初期まですべて純米酒であった。
アルコール添加の原型と見なされる柱焼酎でさえも、原料は米だったからである。
それが太平洋戦争前後の米不足から、増量目的のアルコール添加による三倍増醸清酒が出回り、かたわらではそのアルコール添加を善用しようと吟醸酒が開発された。

こうして純米酒以外の日本酒が主流を占める時代が長く続いた。
しかし、近年では「米だけで造ってある酒」という、もとは当たり前だった前提がかえって新鮮なイメージを呼び、純米酒は日本酒のなかに一つのカテゴリーを形成しつつある。

また純米酒に関わる規定として、1991年に日本酒級別制度が廃止されて以降、2003年(平成15年)12月31日まで、「精米歩合が70%以下のもの」という項目があり、「純米酒」という名称に品格を持たせるために、精米歩合を法的に規制していた。
なぜならば、当時は精米歩合が高ければ高いほど高級酒になるという一般通念があったからである。

しかし近年の規制緩和の一環として、この規定は2004年(平成16年)1月1日以降削除され、米だけで造ってあれば、たとえ普通酒なみの精米歩合であっても純米酒の名称を認め、評価は消費者の選択に任せるようになった。
これに対しては、「消費者権利の拡大」と賛同的に取る立場と、「酒造技術の低下を招くもの」と批判的に取る立場がある。

この規制緩和によって、アルコール添加をしていなくても、米粉などを使用していたために純米酒を名乗れなかった銘柄が、数多く純米酒に格上げされる形になるのではないかという疑念がある。
実際は上記にあるように「麹歩合15%以上」「規格米使用」といった縛りがあり、麹歩合15%未満の酒、規格外米・屑米・米粉を使用した酒は純米酒を名乗れないようになっている。
一方では上記の条件を満たした上で、かつて普通酒にも用いられなかったような精米歩合の低い酒米をあえて原料とすることで、独特の酒質を引き出す低精白酒などの新しい純米酒の開発も産んだ。

吟醸酒・純米吟醸酒

精米歩合60%以下の白米、米麹および水を原料とし、吟味して製造した清酒で、固有の香味及び色沢が良好なもの。
低温で長時間かけて発酵させて造る。
吟醸香と呼ばれる、リンゴやバナナを思わせる華やかな香りを特徴とする。
最後に吟醸香を引き出すために使用する白米1トンにつき120リットル(重量比でおよそ1/10)以下の醸造アルコールを添加する。

吟醸酒のうち、醸造用アルコールを添加していないものを特に純米吟醸酒と言う。
一般に、他の吟醸酒に比べて穏やかな香り(控えめな香り)となる。

本記事を含めて、よく「吟醸系(の酒)」と表現される場合は、これら吟醸酒・純米吟醸酒・大吟醸酒・純米大吟醸酒・山廃吟醸酒など、吟醸香を持つ酒すべてをグループ化して意味している。

1920年代から開発が着手され、1930年代の精米技術の向上と、1970年代の温度管理技術の進歩に促されて、しだいに一般市場に出回るだけの生産量が確保できるようになった。
吟醸酒が日本国内の市場に流通するようになったのは1980年代以降であり、2000年代以降では日本国外でも需要が高まっている(参照:吟醸酒の誕生)。

大吟醸酒・純米大吟醸酒

大吟醸酒とは精米歩合50%以下の白米、米麹および水を原料とし、吟味して製造した清酒で、吟醸酒よりさらに徹底して低温長期発酵する。
固有の香味及び色沢が特に良好なもの。
最後に吟醸香を引き出すために少量の醸造アルコールを添加する場合もある。

フルーティで華やかな香りと、淡くサラリとした味わいが特徴。

大吟醸酒のうち、精米歩合50%以下の白米、米麹及び水のみを原料とするものを純米大吟醸酒と言う。
一般に、他の大吟醸酒に比べて、穏やかな香りで味わい深い。

大吟醸酒は最高の酒米を極限まで磨き、蔵人の力を結集して醸した日本酒の最高峰といえる。
(参照:吟醸酒の誕生)

任意記載事項

国税庁の清酒の製法品質表示基準による任意記載事項は、以下のとおり。

原料米の品種名

酒造好適米など、特定の品種を原料米の50%以上使用した場合、品種名とその使用割合を表示することができる。

清酒の産地名

単一の産地で製造された場合、産地名を表示することができる。

貯蔵年数

一年以上貯蔵・熟成された清酒には、貯蔵年数を表示することができる。
酒造メーカーによっては、1年以上熟成した酒に古酒・古々酒・大古酒・熟成酒・秘蔵酒などの名称を冠して販売することがある。
年数と用語に関する統一された基準はない。

原酒

上槽後、割水もしくは加水調整 (アルコール分1%未満の範囲内の加水調整を除く)をしない清酒。

生酒

製成後、加熱処理もしくは火入れを一度もしない清酒。
牛乳などと同様に生もので劣化しやすいので、鮮度には注意が必要であり、冷蔵保存する必要がある(参照:「生酒」の問題点)。

生貯蔵酒

製成後、火入れをしないで貯蔵し、製造場から移出する際に火入れした清酒。
貯蔵期間については規定されていない(参照:「生酒」の問題点)。

生一本

単一の製造場のみで醸造した純米酒。

樽酒

木製の樽で貯蔵し、香りのついた清酒(瓶その他の容器に詰め替えたものを含む)。

その他の表示

生詰酒

生貯蔵酒とは逆に、製成後、火入れをしてから貯蔵し、製造場から移出する際には火入れを行わない清酒(参照:「生酒」の問題点)。

ひやおろし

冬季に醸造した後に春・夏の間涼しい酒蔵で熟成させ、気温の下がる秋に瓶詰めし出荷された清酒。
本ページ「ひやおろし」参照。

以下3項目は、上槽時に搾りが施されている間の時期(前期・中期・後期など)で分類されるが、明確な基準はない。

荒走り(あらばしり)

上槽時、すなわち槽という搾り器を使って醪(もろみ)をしぼるときに、最初にほとばしるように出てくる部分の酒のこと。
圧力を加えないで、最初に積まれた酒袋の重みだけで自然に出てくるもの。
一般に固形分である滓下げ(おり)が多く、アルコール度は比較的に低めで、香りも高く切れ味が良い。

中取り(なかどり)・中汲み(なかぐみ)・中垂れ(なかだれ)

上槽時、荒走りの次に、中間層として出てくる部分。
アルコール度や味は、ほどほどの中間点。
味と香りのバランスが最も良い、あるいは荒走りより練られた味だ、とも評される。
厳密には、この中取り、もしくは中汲み、中垂れという一つの段階の中にも、酒袋が槽いっぱいになるまで積まれたときに酒袋の山の自重で出てきたものと、自重に加えてさらに圧力を掛けたときに出てきたものの二段階がある。

責め(せめ)・押し切り(おしきり)

上槽時、最後に出てくる部分。
特に槽搾りにおいて、圧搾して出てきた部分。
アルコール度は高く、かなり練られた濃い味。

袋吊り・袋しぼり・雫しぼり・首吊り

上槽時、もろみを袋に詰め、袋を吊り下げてそこから垂れてくる酒をとる方法。
出品酒などの高級酒に多く用いられる。
こうして採られた酒は雫酒(しずくざけ)と呼ばれることもある。

斗瓶取り・斗瓶囲い

上槽時、出てきた酒を斗瓶(18リットル瓶)単位に分け、そこから良いものを選ぶ方法。
出品酒等の高級酒に多く用いられる。

無濾過

活性炭濾過による香味調整をしない酒。

にごり酒・おりがらみ

にごり酒は、上槽の際に粗い目の布などで濾して、意図的に滓を残したもの。
火入れをしない場合は瓶内部で発酵が持続し、発泡性のものになる。
おりがらみは、滓下げをしないままのもの。
どちらも、滓に含まれているや旨み、醪独特の濃厚な香りや味わいを楽しむために作られる。

地理的表示

国税庁の地理的表示に関する表示基準を定める件により、国税庁長官の指定を受けた地域において表示できる。
産地の特長を生かすよう原料や製法等が制限される。
また、この指定を受けると、他の地域で製造された清酒での類似表示(「○○風仕込み」「○○式清酒」)が禁止されるため、地域ブランドを保護できる。
これらの理由から活用が期待されているが、2008年3月現在、日本酒では白山(白山菊酒、石川県白山市、2005年12月指定)のみがその指定を受けている。

外国産日本酒

近年、外国産の清酒(日本酒)が市場に出回るようになり、一般消費者がこれを目にする機会が多くなっている。

経緯

アルコール飲料のうちの1つとして日本酒を見たとき、それはウイスキーやワインなど他の酒と比較しても高度な醸造技術が必要とされるため、製品として完成するには大変手間のかかる種類の酒である。
また、原料となる酒米を調達する場合においても、大型機械を導入し大規模栽培が行えるような地理的条件に恵まれた地域(国)では、極めて有利な条件で日本酒の醸造を行うことが可能となる。

現状

一部の大手日本酒醸造メーカーは、外国で日本酒の醸造を行っている。
出来上がった製品は現地で販売されるだけでなく、日本へも輸入されている。
日本国内で販売される場合には、原産国名および外国産清酒を使用したことの表示が必要となる。
(昭和28年3月6日大蔵省令第11号)第11条の5により、清酒は日本酒と表示することが認められているので、実際には「外国産清酒」もしくは「外国産日本酒」と表示される。

なお、地理的表示に関する表示基準を定める件が改定され、平成17年10月1日から施行された。
これによって、「清酒の産地のうち国税庁長官が指定するものを表示する地理的表示は、当該産地以外の地域を産地とする清酒について使用してはならない。」とする地理的表示の保護についての規定が新設された。
この改定に先立ち、当時国税庁ではに対して一般から意見を募った。
寄せられた意見は、国税庁パブリックコメントで一般公開されている。

日本酒に関する単位

1升(しょう)=10合(ごう)=1.8リットル

1石高(こく)=10斗(と)=100升

これらの体積単位はすべて日本の単位系である尺貫法の一部である。

1升とは、酒屋などでごく普通に目にする日本酒の大瓶、すなわち一升瓶に入る容量である。
1901年(明治34年)に『白鶴』が一升瓶で日本酒を販売するようになって以来、百年余りにわたって主流を占めてきた。
近年では、その大きさやつきまとうイメージの泥臭さなどが消費減退の理由だと唱える人々がおり、小型化する傾向もある(参照:日本酒の現在)。

いわゆる中瓶は四合瓶で、文字通り4合(720ミリリットル)入る。

酒蔵では、18リットル入る斗瓶を使っており、消費者が販売店で見る「斗瓶囲い」といった記載表示はそれに由来する(参照:その他の記載表示)。

石(こく)は、おもに酒蔵の生産量を示すのに用いられる。
これも極めておおざっぱな目安であるが、一般の小さな酒蔵だと年間500石、大手の酒蔵で年間5,000石以上といったところである。

当然ではあるが、生産石高と生産される酒質には何の相関関係もない。

1荷(か)=酒樽2個 =(約)酒70升 = 126リットル

「荷」は、主に酒の陸上輸送に使われた単位である。
樽は、安土桃山時代ごろから酒を運ぶ手段となった。
人足が酒樽を天秤棒(てんびんぼう)で前後に1個ずつかついだことに由来する。

樽は4斗樽(よんとだる)だが、ふつうは4斗いっぱい入れずに3斗5升ほど入れる。
そのため70升と計算した。
日本酒度を見ればわかるように、酒の比重も若干の幅がある。
ほぼ水と同じとして考えれば、人足は約126kgの荷をかついで街道を行く仕事であった、ということになる。

1盃(はい)

現代では、挨拶などで「一杯やりましょう」と発言してもそれは、ワイングラスやコップなどの入れ物で「1杯」という意味には必ずしもならない。
さかのぼって江戸時代以前は、「一盃」はれっきとした容積単位であった。
ただ、地方や藩によって違いがあり、厳密なものではなかった。
豊臣秀吉が太閤検地を行なった際に度量衡の基準を示し、容積についても「京枡(きょうます)」を定めた。
ところが、江戸時代になっても東北地方の藩などに普及しなかった。

小差はあっても概して「100盃=(約)4斗」であったという。
「1盃=(約)720ミリリットル」ということになり、4合瓶やワイン1本と同じくらいの分量ということになる。
当時は「一盃」飲むとなると、4合瓶を飲み干すことを意味したのである。

献(こん)

現在では「一献やりましょう」と言うように、「一緒に酒を飲む」という意味で用いられる。
古くは一盃になみなみと酒を満たし、酒席をぐるりとひと回りするのが「一献」であった。
例えば「宴が三献ほどしたら」というような表現があった。

日本酒度

清酒の比重を示す単位。

対象とする清酒を15℃にし、規定の浮秤(ふひょう)を浮かべて計測する。
そのときに、4℃の蒸留水と同じ重さの酒の日本酒度を0とする。
それよりも軽いものは+(プラス)の値、重いものは-(マイナス)の値をとる。

計量法により、日本酒度は次のように定義されている。

日本酒度=((1/比重)-1)×1,443

これを逆算すると、以下の式も得られる。

酒を15℃にした時の比重=1,443/(1,443+日本酒度)

近年、とくに辛口ブーム以降、この日本酒度が酒の辛口甘口を論じる決定的な規準のように考えられている風潮があるが、これは厳密な意味では正しくない。
たしかに日本酒度はそれを推定するのに便利な目安ではあるが、厳密にはそれをもっと正確にあらわすのは甘辛度(あまからど)である。
とはいっても、甘辛度ですら、人の味覚のすべてを数値化できるわけではない。

一般の人の舌が知覚する「甘辛感」は、酒の持つ香り、旨み、こく、食べあわせている食品や調味料、また飲んでいるときの体調などにより、大きな揺らぎを持つ。

酸度

清酒10ミリリットルを中和するのに要する、10分の1規定水酸化ナトリウム溶液の滴定ミリリットル数のこと。
この値が大きければ「さっぱり」、小さければ「こくがある」といった表現が使われる。
しかし、これも日本酒度の場合と同じで、一般の人の味覚は、香り、食べあわせ、体調などにより大きく変動するものである。

甘辛度

甘辛度(あまからど)は、清酒の甘辛の度合いを示す値。
清酒のブドウ糖濃度と酸度から次のように計算される。

甘辛度 0.86×ブドウ糖濃度 - 1.16 × 酸度 - 1.31

また、ブドウ糖濃度の代わりに日本酒度を用いて、 - 1.16 × 酸度 - 132.57 とすることもできる。

この式によって人間が酒を甘い辛いと感じる感覚の81%が説明できる。
清酒の甘辛の程度と甘辛度の関係は下記のとおりである。

濃淡度

濃淡度(のうたんど)は、清酒の味の濃淡の度合いを示す値。
清酒のブドウ糖濃度と酸度から次のように計算される。

濃淡度 0.42×ブドウ糖濃度 - 1.88 × 酸度 - 4.44

ブドウ糖濃度は直接還元糖であり、分子構造の大きなデキストリンをのぞいた残りの糖分の量をさす。
濃淡度がプラスになるほど味が濃い。

甘辛度や濃淡度はあまり表示されることはないが、味の指標としては日本酒度よりは頼りになる。

アミノ酸度

清酒10ミリリットルを酸度の場合と同様に10分の1規定水酸化ナトリウムで中和した後,中性ホルマリン液を5ミリリットル加え再度10分の1規定水酸化ナトリウムで中和したのに要した滴定ミリリットル数のこと(ホルモール法による測定)。
値は後者の水酸化ナトリウム滴定数量に等しい。
値が大きいと濃醇、小さいと淡麗の傾向がある。
これも日本酒度・酸度の場合と同じで、一般の人の味覚は、香り、食べあわせ、体調などにより大きく変動するものである。

酒中のアミノ酸は、グルタミン酸、プロリン、アラニン、ヴァニン、ロイシンなど多種類の、もともと原料の米が含んでいたタンパク質が分解された微量成分によって構成される。
この構成の割合によってじつに多様な旨味が生じる。
日本酒の味が日本酒度や甘辛度はじめ数々の指数に数量化されてもなお、けっきょく数字では日本酒の味は語れないとよく言われるのは、大きくこのアミノ酸の構成の多様性によるものである。

また完全発酵させた純米酒には、ごく少量ではあるが醪造りの末期に酵母が極限状態に置かれることで発するヒスタミンなどの核酸が生成され、これらは味にふくらみを与えることになる。
基本的にはアミノ酸度が高いほど旨味のある濃い味となる。
しかし、高すぎると鈍重な味となる。

一般に生酛や山廃酛ではアミノ酸が多くなる傾向がある。
たとえ生酛や山廃酛でもアミノ酸を低く抑えるのが、名人と言われる杜氏たちの造り方ともいわれる。
アミノ酸の多くなった生酛や山廃酛のどっしりした味わいを好む愛飲家も多いこともまた事実である。

アミノ酸が生成される主な原因はタンパク質分解酵素の酸性プロテアーゼであり、麹造りの仲仕事(なかしごと)から仕舞い仕事(しまいしごと)のあいだに、34℃から38℃の温度帯でほとんどが生成される。
したがって最終的な仕上がりを軽い味にしたい杜氏は、麹米が乾かないようにしながらジリジリと麹造りを進ませ、できるだけ敏速にこの工程を切り抜ける。
逆に重い味に仕上げたい場合は時間をかける。

味の表現

辛口

日本酒の味覚評価も、基本的に五味(酸苦甘辛鹹)であるが、料理のそれと同じ言葉を使っていても概念は大きく異なる。
「辛い」といっても、料理における辛(トウガラシやコショウのような味)や鹹(塩辛さ)ではない。
また、舌の表面にある味蕾(みらい)でキャッチされ脳へ送られる味覚は甘味、酸味、塩味、苦味、うま味のみである。
味細胞には辛味の受容体はないため、「酒が辛い」と感じるのは、舌表の痛覚がアルコールに刺激されているだけと考えられている。

そのため一般に、アルコール度や日本酒度が高ければそれだけ辛口に感じる。
かつて昭和時代にはやみくもにアルコール添加して三倍増醸清酒が作られたりしていた。
「質の良い辛さ」ではなかった。
本当の辛口は、アルコール度数だけでは造られていない。

また、「淡麗辛口が優れた酒の基本条件である」かのような認識(参照:辛口ブーム)が蔓延していたころもあったが、これも正しい理解ではない。
つまるところ「辛口には辛口の良さ、旨口には旨口の良さがある」という当たり前なことに返ってくる。
また人の味覚はその日の体調によって大きく左右されるため、「この酒は甘口だ/辛口だ」というだけの品評にはあまり意味はない(参照:日本酒度・甘辛度・アミノ酸度)。
熟達した愛酒家たちはまったくといってよいほど「甘口/辛口」で酒を評価しない。

甘口

旨口(うまくち)と混同されることが多いので注意。
「日本酒度が低ければ甘口」と短絡的に考えるのは正しくない。

酒糟が多く混ざっている酒、すなわち濁り酒(にごりざけ)やおりがらみのように比重が大きければ、日本酒度は低く、ときに「-15」のように大きく0(ゼロ)を下回る。
こういう中にも「辛口の濁り酒」が多く存在する事実が、比重や日本酒度と「甘い/辛い」にはさほどの関係がないことを示す例である。

甘酒(あまざけ)、女性消費者向けのデザート日本酒、諸白などで作った製成酒が甘口の例として挙げられる。

旨口(うまくち)

一般に清酒に関して「甘口」と表現されるのは、じつはこの旨口である場合がほとんど。
相対的に辛味が刺激されないため「甘口」と間違えられやすいのである。
旨口は、辛口の要素となりやすいキレよりも、コクと奥行きのある馥郁(ふくいく)たる味わいである。
目指す仕上がりへ持っていくためには、アルコール度数の高さでごまかせないため、造り手にとってはある意味でいっそう難しい味ともいわれる。

端麗 / 淡麗(たんれい)

口に含んだときに、きれいで滑らかな感じを受けたときに用いる表現。
日本語としては本来「端麗」が正しい。
1980年代に始まる辛口ブームの間に商標などを通じていつしか「淡麗」と書かれ始めた。
そういう酒の味の代表格である新潟県で奨励品種の酒米として「越淡麗」(こしたんれい)を開発するに至り、現在ではすっかり酒の味に関しては「淡麗」と書くようになった。

芳醇 / 豊醇(ほうじゅん)

香りが高く味がよいこと。
これも日本語としては本来「芳醇」が正しい(日本語の辞書の中には「芳醇」がなく、「芳純」「芳潤」とするものもある)。

商標や酒銘などで一般化したため「豊醇」とも書くようになってきている。
濃醇(のうじゅん)

味が濃いこと。
「淡麗」の対極にあるのはむしろこの濃醇である。

ピン
後味が引き締まった感じをさす。
辛・甘・旨の味のバランスによって織り成される。
そのバランスが酒の味のアウトラインを決めるといってもよい。

キレ
後味がすっきりして軽快な場合に「キレがある」と表現する。
地方によっては「サバケがよい」と表現する。

荒い
口に含んだときに、口中に刺激を受ける状態をさす。
よく言えば元気のある若々しい味、わるく言えば熟成感に欠ける味である。

吟味(ぎんあじ)
長い時間をかけて低温熟成した酒に生まれる、あっさりとした旨みをさす。

ふくらみ
口中に広がる、バランスの良いしっかりとしたコクのある味をさす。
「ゴク味」「味の幅」などとも表現される。

ゴク味
酒の五味がほどよく調和して、バランスの良いコクが感じられる状態を「ゴク味がある」と表現する。

収斂味(しゅうれんみ)
酒がまだ若いときに感じられる、思わず口をすぼめたくなるような渋みのこと。
たいていは酒の熟成とともに自然に消えていく。
逆に、これが消えていくのを以って酒の熟成度を舌で測ることもできる。

押し味
酒を利いたあとの後味にふくらみがあり、安定して余韻を響かせているような味。

コシ
押し味があって、安定した味わい残すときにはを「コシがある」「コシが強い」という。
反対に後味がぼけた感じがするときは「コシがない」「コシが弱い」という。

どっしり
ふくらみとコシのある、容易に燗崩れしない、丹念な造りの味に用いられる表現。

しっかり
安定感とコシのある、容易に燗崩れしない、丹念な造りの味に用いられる表現。
ある意味では「どっしり」よりも頻繁に使われる「しっかり」だが、しっかりかどうかを判断するのは初心者には難しいのもまた現実である。
初心者にもわかりやすい手軽な判断方法としては、酒をアルコール14度くらいにまで水で割って飲用温度にして味わってみることである。
そのときに味切れが良い酒は「しっかり」した造りである。
酒中に未分解の成分が多かったり、醪末期に急激に酵母が死滅してしまうと、酵母からよけいなアミノ酸が出ることによって、味切れが悪くなることがある。
こういう酒は概して完全醗酵させた酒に比べて劣化が早く、味も「しっかりしている」とは言わない。
こういうことは個々人の主観、すなわち味覚で判断するのが一番である。
裏ラベルに表示されているアミノ酸度など見てわかることではない。

(味/香りが)開く
冷やでは、その酒質が本来持つ味や香りが冷たさの奥に閉じ込められてしまい、官能として感じられないことがある。
それらを人肌燗・飲用温度あたりまで温めると、花がゆっくり開くようにそれらが感じられてくる。
そのような時に用いる表現である。
しかしあまり熱すると、かえって感じられなくなる。

ちなみに日本酒匠研究会では、「甘い/辛い」「淡麗/濃醇」を座標軸とする味の分類には実用性がないとして、温度や料理、酒器を連想しやすい「香りが高い/低い」「味が濃い/淡い」を新たな座標軸とし、次のような四分法を用いている。

熟酒(じゅくしゅ)
香りが高く、味が濃い酒。
時間をかけて熟成された濃厚な味わい。
熟成酒、古酒、秘蔵酒など。

醇酒(じゅんしゅ)
香りが低く、味が濃い酒。
いわゆるコクが感じられる味わい。
純米酒、生酛系(きもとけい)など。

薫酒(くんしゅ)
香りが高く、味が淡い酒。
吟醸香の在り方が鑑賞できるもの。
大吟醸酒など。

爽酒(そうしゅ)
香りが低く、味が淡い酒。
軽快でなめらかなもの。
生酒、生貯蔵酒、低アルコール酒など。

色の表現

ほんらい酒蔵の槽口から出てくる、できたての酒は秋の稲穂のような黄金色に近い色をしている。
また熟成が進むと深い茶色へと進んでいったり、少しばかり緑がかってくるものもある。
あるいは精米歩合が高く、造りがしっかりしている大吟醸酒などは、ダイヤモンドのように鮮やかにきらめく光沢を持つ。
そうした酒の色は、愛飲家たちにとって格好の鑑賞の的である。

しかし全国新酒鑑評会では過去に、色のついたまま出品されている酒は減点の対象としていた時代があり、それゆえ酒蔵では活性炭などで必死に色を抜いていた。
その結果が今日「清酒」という言葉から一般的にイメージされる水のような無色透明である。

昨今は天然の色のまま販路に乗せる酒蔵も増えてきたので、再び酒の色も楽しめるようになってきた。

冴え(さえ)

美しく透き通った光沢。
とくに、やや青みがかって見える状態を青冴え(あおざえ)といい、高く評価される。

照り(てり)

うっすら山吹色に艶の出た状態。
たいてい好まれる。

ぼけ

少々混濁して、色彩がぼやけていること。

透明度

どれだけ透明に製成されたかを語る指標。

澄明度

自然に造られた澄んだみずみずしいきらめき。

黄金色(こがねいろ)

照りのなかでも最も好まれる色調。

番茶色(ばんちゃいろ)

古酒などに多い、やや濃く熟成した色調。
黄金色ほどは、色が鑑賞の対象とはならないことが多い。

色沢良好(しきたくりょうこう)

鑑評会などで語られる、色合いが好ましいさまを語る定番の表現。

色沢濃厚(しきたくのうこう)

かなり色がついている状態。
好ましいと受け取る者も多い。

混濁

いろいろな色調に濁っていること。
見た目としては評価を得がたいが、こうした酒が一概に味もまずいとは限らない。

香りの用語・表現

これも製法に関わる用語・表現と同じく、時代・世代や地方によってさまざまであるが、標準的なものを示しておく。

熟成香

熟成によって生じる好ましい香りで、強いものは「古酒香」とも呼ばれる。
香りの様態はさまざまで、それぞれ紹興酒、シェリー酒、カラメル、干ししいたけ、干しブドウなどに例えて表現される。

吟醸香(ぎんじょうこう / ぎんじょうか)

「ぎんじょうこう」が正しい読み方とよく言われる。
専門家の中でもわざわざ「ぎんじょうか」とルビを振り読者の注意を促す者もいるので注意を要する。

吟醸酒・純米吟醸酒や大吟醸酒・純米大吟醸酒に特有の芳香。
リンゴやバナナのような香りが最も一般的だが、酒によってはマロン、クリーム、チョコレートのような吟醸香を出しているものもある。
決して香料を加えているのではない。
吟醸造りのような低温発酵時に酵母が出すエステル類、特にカプロン酸エチルや酢酸イソアミルに起因する香りである(参照:醪)。
造りの良い純米酒など、吟醸酒以外にも感じられることは多い。
なお、生成された吟醸香はすべて醪の中に留まるわけではなく、多くは大気中に放散される。
ヤコマン装置によりそれを回収・液化して、醪の中に戻したり、あるいは元の醪以外の日本酒へ添加することもかつて行われていた。
最近は新型酵母の開発により、そういう必要はなくなってきたといわれる。

リンゴ香

吟醸香の一種で、カプロン酸エチルに起因するデリシャスリンゴのような芳香。
適度なリンゴ香は吟醸酒に気品を与えるとされる。

バナナ香

吟醸香の一種で、酢酸イソアミルに起因するバナナのような芳香。
適度なバナナ香は日本酒に甘くフルーティーな香りの厚みを加えるものとして好まれる。
強すぎると異臭に感じられ「酢酸エチル臭」「セメダイン臭」と呼ばれて減点の対象となる。
ヤコマン装置によって回収される主な香り成分でもある。

新酒ばな

主に麹に由来する新酒特有の若々しい香りで、熟成するにしたがって消えていく。
燗酒を好む熟達した飲み手は、燗によって強められた新酒ばなを敬遠することが多い。

アルコール臭

アルコール添加がうまく行かなかったときに生じる薬品のような臭い。
醗酵によって生じるアルコール成分と違って、酒そのものと一体化していない、添加したアルコールが浮いた感じになって起こる。

老ね香(ひねか)

「熟成が進みすぎた(過熟)」、「熟成しないうちに劣化した」、「保存方法が正しくなかった」などの理由で、酒が酸化してしまったときに生じる異香。
熟成香と紙一重で、不快であれば老ね香とされる。
それゆえごく稀に、少しばかりの老ね香はかえって酒に箔をつけるものとしてプラスに評価される場合もある。

生老ね香(なまひねか)

「生酒が古くなった」、「保存方法が正しくなかった」などの理由から、酵素の働きから生じる、むれたような猛烈な悪臭。
濾過でも除去できず、出荷前に発生すると蔵にとって致命傷となる。
じっさいには出荷後の流通・小売業者、あるいは購入後の消費者の、保存方法や温度管理のまずさによるところが大きい。
「生酒は米の牛乳」と思っておけば、まず間違いない。

つわり香

醪の醗酵の失敗などに起因する、乳製品が腐ったような臭いで、吐き気を催させることからこう呼ばれる。
専門的には「ダイアセチル臭」と呼ばれ、「火落ち臭」と似ている。

火落ち臭

火落ち菌が繁殖することによって生じる臭いで、菌の種類によって様態は異なるが、おおむねつわり香と似ている。

濾過臭(ろかしゅう)

濾過の工程でつく異臭の総称。
和紙を水で濡らしたときの臭いに似ているとされる。

炭臭(すみしゅう)

濾過の工程で、質の悪い炭を使ったり、炭を入れすぎたときにつく異臭。
炭自体が臭気を吸収しやすいので、保存中に炭が外部から吸収した臭い成分を、酒に投入されたときに酒の中へ放出して生じることも多い。

酸敗臭(さんぱいしゅう)

腐造菌という雑菌が醪を汚染し、酢酸などが生成されてつく極めて不快な臭い。

袋臭(ふくろしゅう)

醪をしぼる酒袋の臭いが酒に移ったもの。
酒袋の管理が正しくなく、酸化した付着物があったときなどに生じる。

日光臭

光にさらされて発生する、刺激性のある異臭。
「ひなた臭」「けもの臭」ともいう。
室内蛍光灯など、日光以外の光線に長時間さらされていても発生する。
出荷後の流通・小売業者、あるいは購入後の消費者の、保存方法のまずさに起因することが多い。
瓶を新聞紙などにくるんでおくと防げる。
かつては瓶の臭いが酒についたものと考えられ「瓶臭」という語があった。
現在ではそれは日光臭と老ね香の混じった臭気とされている。

木香(きか / きが / もくが / もくか / もっか)

「きか」が正しい読み方とよく言われる。
専門家の中でもわざわざ「きが」とルビを振り読者の注意を促す者もいるので注意を要する。

スギなど樽の木材の香りが酒に移ったもの。
香りの程度と酒質によってはプラスに評価されることもあるが、鑑評会などでは「木香臭(きがしゅう)がする」というと往々にしてマイナス点である。
ちなみに醗酵の最中にアルコール添加すると生成されることがある、木香のような臭いを「木香様臭」という。
本質的には別物であるが混同されやすい。

また、酒器を手に取ってから飲み込むまでの各段階において感じられる香りは以下のように呼ばれる。

上立香(うわだちか)

まだ酒を口に含まず、酒の表面から鼻先へ匂い立つ香。
酒を猪口に注いで、丸く揺らしたときに立ち上がってくる揮発性の芳香。
吟醸香に重きを置く酒や、全国新酒鑑評会に出品される酒では、とかく重視される。

含み香(ふくみか)

酒を口に含み、舌先でころがしたときに、鼻へ抜けていく香。
香りの成分としては、上立香ほど揮発性が高くないので、口に含むまでは感じられない。

吟香(ぎんか)

酒を呑みこむとき、喉を過ぎるときに感じられる香。
鑑評会などで利き酒をするときは、酒は呑みこまず、味わったあとは吐き出してしまうので、吟香は味わえない。
よって鑑評会での評価の対象になりえないという問題がある。
今ではほとんど「吟醸香」と同じものをさす。

返り香(かえりか)

呑んだあとに、腹から鼻に抜けるように感じられる香。
これも鑑評会などでは評価の対象から漏れてしまうとして問題視する識者も多い。

温度の表現(飲用温度)

これも統一された用語というわけではないが標準的なものを示しておく。
ただし、2000年代初頭では「冷や」が拡大解釈され、常温よりも冷やしたものを指して用いられていることもある。

一般に温度上昇によって、舌に感じられる酸味が相対的に下がり、旨味が上がる。
「冷や」から「熱燗」くらいまでの温度帯に限っておおざっぱに言うならば、上に行くほどコクと深みを持った味になり、また辛さを感じるようになる。
生酛系や純米酒など、昔からある製法で造っている酒では、冷やで飲んでもさほど印象的でなかった酒が、燗にすると本領を発揮し、奥深い味を展開することが多い。
そういう酒は「燗映え(かんばえ)する」という。
また燗をしたときに、温かさがほんのり酒全域に均等に行き渡り、その酒の良さがうまく引き出されることを「燗上がり(かんあがり)する」という。
うまく燗上がりさせるのに最も確実な方法は、徳利に入れて湯煎することである。
猪口に入れて電子レンジで温めるのも多少は有効だが、中にムラができやすい。
いちど燗をした酒が再び冷えることを「燗冷まし(かんざまし)になる」という。
ていねいに造ってある酒は、燗冷ましになってもそれなりに味わいがある。
そうでないものは風味のバランスが崩れ、薬品のようなアルコール臭が上立香としてのぼってくる。
これを「燗崩れ(かんくずれ)」という。

ゆえに、それぞれの酒質によって飲用に最も適するとされる温度は多様である。
最近は造り手が薦める温度帯がサブラベル(裏ラベル)に表示されることも多くなった。
しかし熟練した飲み手のあいだでは、「冷たくすればどんな酒でも、冷たさでごまかされて美味しく感じるが、舌と同じ温度にすれば、本当に美味しい酒しか美味しいと感じられない」として、夏場でも体温とほぼ同じぬる燗や熱燗で飲む者が多い。

また、アルコールは体内で、体温と同程度にならないと胃壁や腸壁から吸収されない。
冷や以下の温度帯で飲むと初めは口あたりが先行して良く、なかなか酔わず、いくらでもスルスルと飲めそうに感じられる。
そして自分では思ってもみなかったころになって一気に酔いが回り始めるため、舌が微妙な味覚を感じ分けるころ、いわゆる「ほろ酔い」の時間があまり体験できない。
言い換えれば、リアルタイムで酒の味が味わえる時間が短い。
これも、酒の「酔い」よりも「味」を優先させたい人が、温かい温度帯を好む理由である。

生酒などフレッシュさを売り物にしている酒質の場合は、本当に燗に耐えられないため涼冷え以下で飲んだほうがうまいこともある。
たとえ客が燗を注文しても、店がそれを受け付けず、冷やした酒を出してくるところが、2008年現在は非常に多い。
それは平成時代初期に日本酒文化が一時期衰退した名残であるといっても過言ではない。
(参照「日本酒消費低迷期」)。
燗にするにも微妙なスキルが存在し、燗下手(かんべた)であるとばれないために、しつこく冷や以下を勧める店もあれば、燗をつけるとなると、冷や以下で出すよりも手間がかかるので、自分たちの面倒を省くためにそうする店もある。
いずれにせよ、店が「その酒は燗に向かないから」と酒質のせいにして燗を断るときには、本当にそうなのかどうか判断できる知識を、消費者も身につけておくことが望ましい。
なかには埼玉「神亀酒造」(しんかめ)に代表されるように、燗にしてこそ味が開くように造っている蔵も多いからである。

また、各都道府県の酒造組合によっては、自主鑑評会や利き酒会、フェアやフェスタのような機会に、「消費者に自分のところの酒を燗で提供したい蔵は、主催者としては燗にする機材を会場に設置しないので、各自ポットなどで燗酒を用意して来られたし」といった具合に、昔ながらの燗酒本位の造りをする酒蔵に対して冷淡な組合も存在する。
どの酒造組合がそういう傾向を持つかは、一般消費者が各種の日本酒イベントへ行ったときに、自らの目で見聞することができる。

暖めて飲む方法が広く普及しているという点で中国の紹興酒とともに、日本酒は特異な存在である。
「酒は燗、肴は気取り(小味なさかな)、酌はたぼ(髷を結った芸者)」などと江戸人は粋がった。

燗は季節の温度と密接に関わるため、別火のような年中行事をも生んだ。

酒器

酒を飲むときに用いられる道具で、日本の生活をきめ細やかに支えている。

盃(さかづき)

「盃を交わす」「盃を取らせる」といった表現があるように、日本文化の中では盃はたんに酒を飲む容器であるだけではなく、人間関係、名誉、格式などのさまざまな文化事象と関係した複雑な媒体である。
今日の私たちが思い描くのは「塗り盃」だが、江戸時代後期には陶磁器の盃も用いられた。

徳利(とっくり / とくり)

今でも酒を注ぐのに用いられている。
近代に入り、瓶売りが一般化するまで、量り売りが一般的で、酒屋は徳利に入れて酒を販売していた。
販売用の徳利は個人の所有ではなく酒屋の貸し物であることが普通で、酒屋の屋号が大きく書かれていた。
江戸時代以前は上方と江戸では色が違っていた。
上方では、五合あるいは一升が入る、茶色がかった陶器。
江戸では、ねずみ色の陶器か取っ手のついた樽であった。

猪口(ちょこ / ちょく)

現在では徳利から酒を受け、飲むのに用いる小さな器である。
しかし、徳利とセットで使うようになったのはそんなに古いことではない。
江戸時代では上方でも江戸でも、宴の初めのうちは盃で酒を受け、宴も半ばを過ぎ座がくだけてくると猪口に変えたという。

銚子(ちょうし)

現在も使われる、燗をつけた酒を移し入れる器を指す。
時代を下るに従って小型になってきている。
江戸時代、上方では御殿から娼家に至るまでどこでも銚子で燗をつけていたが、江戸では銚子は正式の膳である式正(しきじょう)にのみ使うものであったという。
現代では銚子と徳利はほぼ同じものとして扱っているが、江戸時代には別物であった。
江戸時代中期ごろまでは、宴も初めのうちは銚子を使い、三献すると徳利に切り替えた。
やがて初めから徳利を用いるようになり、江戸時代末期には大名ですら酒宴で徳利で酒を飲むようになったという。

片口(かたくち)

器の縁に酒を注ぐための注ぎ口が付いているもの。
一合ないし二合程度の量を入れることが出来る、鉢状のものやコップのようなものなどさまざまな形状がある。
現代では徳利の代わりに使用され、瓶から一度酒を注いでおき、片口から盃に注いで飲むのが一般的な使い方である。
日本酒の器以外にも用いられる日本の伝統的な食器である。

ぐい呑み(ぐいのみ)

日本酒を飲むための盃の一種。
一般的にお猪口と呼ばれるものより大きいサイズのものを指す。

升 / 枡 / 桝 / 斗(ます)

瓶子(へいし)

昔はこれに酒を入れて持ち歩いた。
今はもう用いられない。

土器(かわらけ)

中世には公家や高級武士の宴会ではこれに酒をそそいで飲み干した。
一回切りの使用で廃棄され、携帯用の、使い捨ての盃のようなもの。
近世以降、神社の神事で御神酒を供えたり、供食するために使用されるようになる。

錫(すず)

錫でできた瓶子と思われる。
安土桃山時代あたりまで用いられたようである。
江戸時代以降は、京都にある一軒の古い工房のみで作られている。

角樽(つのだる)

今でも結納(ゆいのう)の際に用いられる、上は朱塗り、下は黒漆塗りの樽。
角が出ているように取っ手がついていることからこの名がある。

指樽(さしだる)

江戸時代の人々が花見などの際に酒を背負っていくときに使ったらしい、黒漆塗りの角型の樽だが、幕末以降は見られないようである。

燗鍋(かんなべ)

平安時代ごろ、酒を燗するときに用いた銅製または鉄製の鍋。
直火で加熱した。

膳(ぜん)

高御膳、中御膳など。
出される酒と肴の意味を外側から規定していたといってよい。

ちろり

酒を燗するときに使う細長い金属性の入れ物。
かつては銅または錫製、近年ではアルミ製の物もある。
これに酒を入れ、湯に浸けて酒を温める。
主に居酒屋・小料理店で使われる道具である。
一般家庭で見られる道具ではないが、ちろりで暖めた酒に拘り、個人的に購入して使用する例も見られる。

醸造器

酒を造るために用いる道具。

壺(つぼ) / 甕(かめ) / 桶(おけ)

樽(たる) / 結樽(ゆいだる) / 箍(たが)

釜(かま) / 甑(こしき) / 蒸籠(せいろ)

麹室(こうじむろ) / 麹蓋(こうじぶた) /麹箱(こうじばこ) / 麹床(こうじどこ)

酛場(もとば) / 酛桶(もとおけ)

仕込み場(しこみば)

笊籬(いかき) / 槽(ふね) / 袋(ふくろ) / やぶた

炭(すみ)

精米機(せいまいき) / 縦型精米機(たてがたせいまいき)

宗教施設

ごく少数の寺院もあるが、ほとんどが神道系で、神社や祠(ほこら)である。

日本の酒に関する神社は全国で40社近くで、全部で55以上の神がまつられている。
なかには麹や水に祀る対象を特化している神社もある。
日本においては、ヨーロッパのバッカス、中国の杜康のように、酒のみの神として特定できる神様はいないと言われている。

祀られている主な神々

大国主(おおくにぬしのみこと)

大山咋神

スクナビコナ

大己貴神

コノハナノサクヤビメ

木華佐久耶姫,木花之佐久夜毘売,木花開耶姫とも。

佐牙弥豆男神と佐牙弥豆女神 - 酒弥豆男神と酒弥豆女神、酒美豆男と酒美豆女に同じ。
応仁天皇の御代に渡来した醸造技術者、兄曽曽保利と妹曽曽保利と考えられている。

興味深いことに、日本酒に関する神社は、千葉から福岡のあいだだけに位置するという。
なかでも京都と奈良に集中している。

主な神社

大神神社

奈良市。
酒の神として大物主が奉られている。
三輪明神とも。

松尾大社

京都市。
醸造の神として信仰されている。

弓弦羽神社

灘五郷の古社。

梅宮大神

京都市。

出雲大社

島根県出雲市。

佐香神社

島根県平田市。
島根県が開発した酒米佐香錦の名称由来ともなった。

日吉神社

滋賀県大津市。

佐牙神社

京都市。
佐牙弥豆男神と佐牙弥豆女神を祀る。

壺神神社

奈良市。
佐牙弥豆男神と佐牙弥豆女神を祀る。

酒見神社

愛知県一宮市。
佐牙弥豆男神と佐牙弥豆女神を祀る。

神社以外

正暦寺

奈良市。
かつて僧坊酒を造っていた中心的な寺院であった。
初めて清酒がここで醸造されたという伝承があり、「日本清酒発祥之地」の碑が建つ。
(参照:清酒の起源)

博物館・資料館

男山酒造り資料館(北海道旭川市)
- もとは摂泉十二郷の銘柄であった『男山』340年の歴史と江戸時代の資料、文献、酒器などが展示、公開されている。

南部杜氏の里(岩手県石鳥谷町)
南部杜氏伝承館、南部杜氏会館、南部杜氏歴史民族資料館、石鳥谷農業伝承館など多くの南部杜氏に関する歴史や文物の展示施設が点在している。

秩父錦 酒づくりの森(埼玉県秩父市)
- 秩父市矢尾酒造が開設している資料館で、江戸時代の酒造関係の文書や機具、また全国に散在する江州蔵の成り立ちについての資料を展示している。

日本の酒情報館 Sake Plaza(東京都港区 (東京都))
- 日本酒造組合中央会が直営する日本酒や焼酎に関する資料館。
各種展示のほか、約6,000冊の関係資料の閲覧もできる。
イベント開催のため閉館の日も多い。

ぽんしゅ館(新潟県湯沢町)
- 上越新幹線越後湯沢駅構内に併設されている小規模の博物館だが、新潟県内ほぼ全ての酒を利けるコーナーや酒風呂などがある。

月桂冠大倉記念館(京都市伏見区)
キザクラカッパカントリー(京都市伏見区)
ブルワリーミュージアム(兵庫県伊丹市)
日本盛酒蔵通り煉瓦館(兵庫県西宮市)
白鹿記念酒造博物館(兵庫県西宮市)
白鷹禄水苑(兵庫県西宮市)
酒匠館(兵庫県神戸市東灘区)
白鶴酒造資料館(兵庫県神戸市東灘区)
神戸酒心館(兵庫県神戸市東灘区)
沢の鶴資料館(兵庫県神戸市東灘区)
浜福鶴吟醸工房(兵庫県神戸市東灘区)
櫻正宗記念館櫻宴(兵庫県神戸市東灘区)
菊正宗酒造記念館(兵庫県神戸市東灘区)
明石江井島酒館(兵庫県明石市)

家庭行事

屠蘇 / 屠蘇散(とそさん)

別火(わかれび) 桃の節句。
燗をやめることをさす。

花見酒(はなみざけ)

夏越酒(なつこしざけ)

菊酒(きくざけ) 菊の節句。
燗のつけはじめでもあった。

月見(つきみざけ)

雪見(ゆきみざけ)

祭り

酒祭り(広島県東広島市西条)

どろめ祭り(高知県香美郡赤岡町)

どぶろく祭り(日本各地多数)

[English Translation]