橋姫 (Hashihime (the Maiden of the Bridge))

橋姫(はしひめ)は、橋にまつわる伝承に現れる女性・鬼女・女神である。
宇治の橋姫とも。

多様な伝承と側面を持ち、主なものに源綱が一条戻り橋で遭遇し斬った「嫉妬の鬼」、宇治橋そばの橋姫神社に祭られている「橋の守り神」、の2つがある。

文献
古今和歌集
古くは、『古今和歌集』 (905年) 第14巻の詠み人知らずの和歌に現れる。

歌の世界ではしばしば、伝説と異なり、橋姫は愛らしい女性としてロマンチックな歌に現れた。

平家物語
嫉妬に狂う鬼としての橋姫が現れるのは、『平家物語』の読み本系異本の『源平盛衰記』・『屋台本』などに収録されている「剣巻」で、橋姫の物語の多くの原型となっている。
異本であるため、出版されている『平家物語全集』の類の多くには収録されていない。

大意は次のとおり。

嵯峨天皇の御世(809年-825年)、とある公卿の娘が、深い妬みにとらわれ、貴船神社に7日間籠ってこう祈った。

「貴船大明神よ、私を生きながら鬼神に変えてください。」
「妬ましい女を取り殺したいのです。」
明神は哀れに思い「本当に鬼になりたければ、姿を変えて宇治川に21日間ひたれ」と告げた。

女は平安京に帰ると、髪を5つに分け5本の角にし、顔には辰砂をさし体には鉛丹を塗って全身を赤くし、鉄輪(てつわ、鉄の輪に三本脚が付いた台)を逆さに頭に載せ、3本の脚には松明を燃やし、さらに両端を燃やした松明を口にくわえ、計5つの火を灯した。
夜が更けると大和大路を南へ走り、それを見た人はその鬼のような姿を見たショックで倒れて死んでしまった。
そのようにして宇治川に21日間ひたると、貴船大明神の言ったとおり生きながら鬼になった。
これが「宇治の橋姫」である。

橋姫は、妬んでいた女、その縁者、相手の男のほうの親類、しまいには誰彼かまわず、次々と殺した。
男を殺すときは女の姿、女を殺すときは男の姿になって殺していった。
京中の者が、申の時(15~17時ごろ)を過ぎると家に人を入れることも外出することもなくなった。

そうしたころ、源頼光の頼光四天王の1人源綱が一条大宮に遣わされた。
夜は(橋姫のせいで)危険なので、名刀「鬚切(ひげきり)」をあずかり、馬で向かった。

その帰り道、一条戻橋を渡るとき、女性を見つけた。
見たところ20歳余で、肌は雪のように白く、紅梅柄の打衣を着て、お経を持って、一人で南へ向かっていた。

綱は「夜は危ないので、五条通まで送りましょう」と言って、自分は馬から降りて女を乗せ、堀川 (京都府)東岸を南に向かった。
正親町の近くで女が「実は家は都の外なのですが、送ってくださらないでしょうか」と頼んだので、綱はこうこたえた。
「わかりました。」
「お送りします。」
すると女は鬼の姿に変わり、「愛宕山 (京都市)へ行きましょう」と言って綱の髪をつかんで北西へ飛びたった。

綱はあわてず、鬚切で鬼の腕を断ち斬った。
綱は北野の社に落ち、鬼は手を斬られたまま愛宕へ飛んでいった。
綱が、髪をつかんでいた鬼の腕を手に取って見ると、雪のように白かったはずが、真っ黒で、銀の針を立てたように白い体毛がびっしり生えていた。

鬼の腕を頼光に見せると頼光は大いに驚き、安倍晴明を呼んでどうすればいいか問うた。
晴明がこう言った。
「綱は7日間休暇を取って謹慎してください。」
「鬼の腕は私が仁王経を読んで封印します」
それで、そのとおりにさせた。

橋姫の腕を斬った「鬚切」は実在し現存する日本刀。

この事件により「鬼切(おにきり)」と呼ばれるようになった。
綱の羅城門の鬼退治(『酒呑童子』)や多田満仲の戸隠山の鬼退治(『太平記』)などにも使われたとされる。
鬼と縁が深い名刀である。

橋姫がひたった川は宇治川で、祭られているのは宇治川の宇治橋である。

だが、綱が橋姫と出合ったのは堀川の一条戻り橋である。

歳月の経過は特に描写されていない。

だが、源頼光・源綱・安倍晴明の時代は「嵯峨天皇の御宇」の200年近く後である。

その他
『太平記』、『橋姫物語』にもその名が見える。

鉄輪
『平家物語』の「剣巻」を元に話を膨らませた能の演目『鉄輪(かなわ)』がある。
橋姫が頭にかぶった鉄輪から名が取られている。

橋姫は、後妻に夫を奪われた女性となっている。
元夫と後妻は、呪い殺される寸前で怪異に気づいた。
安倍晴明に相談すると、このままでは今夜までの命と告げられた。

晴明は夫婦に頼まれ、形代(身代わりの人形)を使った呪い代えを試みると、鬼女が姿を現した。
その姿は、川での儀式のときと同じ、鉄輪や松明をつけた姿であった。
舞台では、嫉妬と復讐心に顔を歪める女性の能面「橋姫」が使われる。

橋姫は夫婦に襲い掛かるが、晴明と三十番神に撃退され、「時期を待つ」と言い残して消えていった。

剣巻で重要登場人物だった源綱は登場しない。

丑の刻参り

橋姫がおこなった呪いの儀式が、丑の刻参りのルーツである。

橋姫神社

宇治川に架かる宇治橋の近くに橋姫神社がある。
正式には、上流から遷祀されたとされる瀬織津媛(せおりつひめ)を祭っている。
しかし、『平家物語』などでの橋姫と同一視されている。
源綱に討たれた後に橋の神になったという話もある。

橋を守る女神として祭られているが、縁切りの神でもあり、悪縁を切るご利益がある。
逆に、恋人同士や婚礼の儀で、神社の前を通ったり宇治橋を渡ったりするのはタブーである。

[English Translation]