大島本 (Oshima-bon Manuscript)

大島本(おおしまぼん)は、『源氏物語』の古写本の1つである。
現存する『源氏物語』の写本のうち、ほぼ全巻が揃い、「青表紙本」系統の本文を持つものとしては最良の写本であると考えられている。
現在出版されている『源氏物語』の学術的な校訂本の多くはこの大島本を底本にしている。
佐渡の旧家から1929年(昭和4年)ころ大島雅太郎が買い取って世に出たためこの大島本という名がついた。
大島雅太郎はさまざまな書物の古写本を収集したため、「大島本」の名で呼ばれる古写本は多くある。
が通常「大島本」という時はこの写本を指す。

『源氏物語』の写本としては、紫式部の自筆本は現存せず、また平安時代のものと認められる写本も存在しない。

その状況で、藤原定家が校訂したいわゆる「青表紙本」が最も原文に近いと考えられている。
現在ある青表紙本系統の写本の中では定家自筆本や明融臨模本を除けばこの大島本が定家が校訂した本文を最もよく保存していると考えられている。

来歴

奥書によれば室町時代の公卿である飛鳥井雅康(1436年(永享8年)‐1509年(永正6年))が守護大名大内氏の当主大内政弘(1446年(文安3年)- 1495年(明応4年))の求めに応じて1481年(文明13年)に作成したものである。

1564年(永禄7年)の時点でもともとは大内氏の家臣であり、大内氏が滅びた後毛利氏の家臣となった石見の豪族吉見氏の当主吉見正頼(1513年(永正10年)- 1588年(天正16年))の所蔵であった。

このとき毛利と尼子の和議調停に奔走したことで知られる聖護院第25代門跡である道増(1508年(永正5年)-1571年(元亀2年))とその甥道澄(1544年(天文13年)-1608年(慶長13年))の書写による桐壺の巻と夢浮橋の巻が加えられた。
その後の来歴は不明であるが、本写本の全体にわたって複数の異なる筆跡によるおびただしい補訂の後が見られることから死蔵されることなく読まれ続けていたと考えられている。

1929年(昭和4年)ころ佐渡の旧家から大島雅太郎が買い取って同人のコレクション『青谿書屋』に入り、世に出ることになった。

大島雅太郎は三井合名会社の理事をつとめていたことなどから豊かな財力を背景にして池田亀鑑を顧問にして多くの貴重な書籍を集めていた。

が、戦後になって財閥解体などの影響により戦前とは一転して経済的に困窮する事態となり、コレクションのほとんどを手放すことになった。
コレクションの大部分は国立国会図書館や大島雅太郎の母校である慶應義塾大学の図書館に所蔵されることになった。
が、本「大島本源氏物語」はそれらの中に入っておらず、一時期行方不明になっていた。

その後、詳細な経緯は不明ながら小汀利得の手に渡り、同人のコレクション『小汀文庫』入っていることが明らかになった。
1958年(昭和33年)2月8日付けで国の重要文化財に指定された。
1968年(昭和43年)に古代学協会が平安博物館を開設するにあたってその目玉展示品として購入し、同協会の所蔵となった。
同博物館は1988年(昭和63年)に閉館したが、本写本はそのまま後継機関にあたる京都文化博物館の所蔵となり、研究者向けに公開されている。
他、2008年(平成20年)の9月から10月にかけて源氏物語千年紀を記念して特別展示が行われるなど、しばしば一般公開も行われている。

本文の評価

池田亀鑑は、本写本を「青表紙本中最も信頼すべき一証本であって、その数量において、またその形態・内容において稀有の伝本である」とした。

そのため、1926年(昭和元年)から自身が進めていた源氏物語の校本作成事業において、それまで河内本系統の写本を元に作業を進め、1931年(昭和6年)に一度は完成し、完成記念の展観会まで催された原稿を破棄した。

そして、改めて大島本を底本にして校本の作成作業を一からやり直し、約10年をかけて1942年(昭和17年)に『校異源氏物語』を完成させた。
ここで池田亀鑑によって示された大島本に対する評価の高さと大島本を底本とした校本である『校異源氏物語』の完成度の高さにより、これ以後源氏物語の校本は若干の定家筆本および定家筆本の臨模と目される明融本による十数帖のほかは、大島本を底本に使用するのが通例となった。
なお、山岸徳平は、首書源氏物語や湖月抄などの江戸時代の版本の本文に近い本文を持つ宮内庁書陵部に証本として伝えられていたいわゆる『三条西家本』の本文のほうがこの大島本より良質の本文であるとした。
そして、1958年(昭和33年)から1963年(昭和38年)にかけて岩波書店から出版された『日本古典文学大系』の源氏物語の底本には大島本でなく三条西家本を採用した。
この三条西家系統の本文については、「源氏物語湖月抄」や「首書源氏物語」といった江戸時代の版本を調査する中で、当初「これらの江戸時代の版本の本文は三条西家系統の由緒正しい本文を使用している良質の青表紙系統の本文である。」とされていた。
が、さらに研究が進み藤原定家の自筆本やそれと同等だと考えられた明融臨模本等との本文の比較を行ったときに異なりが多く、その中には河内本の本文からの流入と考えられるものが多いことが明らかになった。
このため、三条西家本の本文が良質の本文とは言えないとする理解が広まっていった。
そのため1993年(平成5年)から1997年(平成9年)にかけて岩波書店から出版された『新日本古典文学大系』の源氏物語においては三条西家本ではなくこの大島本を底本として採用することとなった。

本写本の本文にはほぼ全帖にわたって異なる時期の異なる人物によると見られる夥しい見セケチ・抹消・訂正・補入といった大量の補訂作業の痕跡が存在している。
『校異源氏物語』およびこれを元にした『源氏物語大成 校異篇』ではこの補訂作業の内容はほとんど明らかにはされていない。
「底本」として採用されている本文はおおむね補訂前の本文をそのまま採用しているものの、一部に補訂後の本文を採用している場合もあり、方針が一貫していない。
そのために本来の大島本を再現できないとして批判されている。
現在では『源氏物語大成 校異篇』の本文は「特に精度の高い校本とは言い難い。」と評されている。
最近の研究によれば最初から別本系統の本文であるとされている初音帖を除いて補訂前の元々の本文は大体において藤原定家の自筆本などに近い良質の青表紙本系統の本文と見られる。
が、定家自筆本と完全に一致するわけではなく、他の青表紙系統の写本に見られない独自の本文をとっていることもあり、その性格は再検討を要すると言われている。
また補訂作業に用いられた本文は河内本系統の本文に近いものであろうとされている。
これらの補訂作業の情報はその後刊行されたいくつかの校本(例えば『新日本古典文学大系 源氏物語』1993年(平成5年)~1997年(平成9年))において一部の研究者が本写本を直接調査した結果が部分的に明らかにされてきた。
その後1996年(平成8年)に本写本の影印本が刊行されたことにより、これらの大量の補訂作業の痕跡を全帖にわたって容易に調べることが出来るようになった。
当初書籍として刊行された影印本はモノクロであったが写本の撮影そのものはフルカラーで行われており、2007年(平成19年)12月にフルカラーによるDVD-ROM版が刊行された。
これにはデジタルメディアであることを利用して、様々な検索機能が付されている。

また、本写本の初音帖の本文については池田亀鑑によって「青表紙本ではなく別本である」とされ、「源氏物語大成」の底本への採用を見送られた。

その後の様々な校訂本においてもこの判断に従うものが多かったが、近年になってこの点について疑問を示す見解が現れている。

そのため、新日本古典文学大系では初音帖を含めて底本に採用されている。

写本の状況
浮舟帖を欠いており全54帖中53帖が現存している。
初音 (源氏物語)帖は別本系統の本文である。
桐壺・夢浮橋の2帖は別人(桐壺は道増、夢浮橋は道澄)による補写である。
これについて、元々揃っていたのだがあるとき欠けてしまい、別人の手になる巻で補ったとする考え方と最初に作られた時から別人の手になる写本とセットになっていたとする考え方とがある。

各種校訂本での大島本の採用状況
現代の学術的な校訂本での大島本の採用状況を示す。

源氏物語大成 中央公論社 池田亀鑑編
下記を除く47帖
桐壺、夢浮橋、初音、浮舟は池田本
花散里、柏木、早蕨は定家自筆本

源氏物語評釈 角川書店 玉上琢弥編
下記を除く42帖
花散里、行幸、柏木、早蕨は定家自筆本
桐壺、帚木、花宴、若菜上下、橋姫、浮舟は明融本
初音は池田本

新編日本古典文学全集 小学館
下記を除く41帖
花散里、行幸、柏木、早蕨は定家自筆本
桐壺、帚木、花宴、若菜上下、橋姫、浮舟は明融本
初音、夢浮橋は池田本

日本古典集成 新潮社
下記を除く41帖
花散里、行幸、柏木、早蕨は定家自筆本
桐壺、帚木、花宴、若菜上下、橋姫、浮舟は明融本
初音は池田本
手習は為氏本

完訳日本の古典 小学館
下記を除く42帖
花散里、行幸、柏木、早蕨は定家自筆本
桐壺、帚木、花宴、若菜上下、浮舟は明融本
初音、夢浮橋は池田本

日本古典文学全集 小学館
下記を除く51帖
桐壺、浮舟は明融本
初音は陽明文庫本

新日本古典文学大系 岩波書店 佐竹昭広編
浮舟を除く53帖
浮舟は明融本

影印本
『大島本 源氏物語』全10巻(別巻1巻の解説付き) 財団法人古代学協会・古代学研究所編 角田文衛・室伏信助監修
角川書店 ISBN 4-04-862005-3

[English Translation]