和気広世 (WAKE no Hiroyo)

和気 広世(わけ の ひろよ、生没年不詳)は、奈良時代末期から平安時代初期にかけての医官。
父は和気清麻呂。
出生地は備前国。

当初文章生として朝廷に仕えたが、785年(延暦4年)ある事件に連座したとされて禁錮に処せられた。
その後許されて少判事、式部少輔を経て大学別当に任じられた。
この時、和気氏出身の子弟のため、大学寮の南にあった和気氏の私宅に父清麻呂の遺志を継いだとされる「弘文院」を創建した。
806年(大同 (日本)元年)には左中弁を兼ねることとなった。

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