服部正栄 (HATTORI Masahide)

服部 正栄(はっとり まさひで、生没年不詳)は、安土桃山時代の武将・大名。
土佐守。

豊臣秀吉と同郷の尾張中村の出で秀吉の馬廻衆となる。
仕えた時期は不明。
小田原の役、文禄・慶長の役に従軍。
小田原の役には、130の兵を率いて馬廻として出陣、近江国蒲生郡266石加増された。
その後、太閤検地奉行となり、慶長3年(1598年)5800石を加増され旧領と併せて越前国および近江国内1万石の大名となった。
同じ奉行の溝江長氏、伊東長実も1万石に加増され大名となっている。

関ヶ原の戦いでは西軍に属し、大坂高麗橋を藤掛永勝と協力して守備した。
その後、大坂城留守居・守備隊として大坂城周辺を守備した。
戦後、改易となり、豊臣秀頼に仕える。
大坂の役で籠城したが敗れ、前田利常に預けられた。
元和年間に同地で没した。

[English Translation]