花山院忠経 (KAZANIN Tadatsune)

花山院 忠経(かざんいん ただつね、承安 (日本)3年(1173年)1月 (旧暦) - 寛喜元年8月5日 (旧暦)(1229年8月25日))は鎌倉時代の公卿。
藤原兼雅の長男。
母は平清盛女。
号は花山院右大臣。
従三位、正二位、右大臣、大納言、内大臣。
子に花山院定雅、花山院師継らがいる。

経歴

承安3年(1173年)に藤原兼雅の長男として生まれる。

文治5年(1189年)7月10日 (旧暦)に叙、従三位。

元久2年(1205年)に大納言(1205年 - 1206年)となる。

元久3年(1206年)に内大臣(1206年 - 1207年)となる。

建永2年(1207年)に右大臣(1207年 - 1208年)となる。

建保元年(1213年)12月22日 (旧暦)に出家。

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