高坂正顕 (KOSAKA Masaaki)

高坂 正顕(こうさか まさあき、1900年1月23日- 1969年12月9日)は、日本の哲学者。
専門は、カント哲学。
京都学派の一人。
国際政治学者の高坂正堯は次男。

人物

愛知県名古屋市生まれ。
第四高等学校 (旧制) を経て、京都大学文学部で西田幾多郎に師事する。

西谷啓治、高山岩男、鈴木成高と共に「京都学派四天王」と呼ばれている。

2007年10月21日、米国立公文書館で、報告書が発見された。

1950年代に日本の左傾化を恐れた米広報文化交流局が日本で行った世論工作を詳述した報告書だった。
この報告書によれば、1952年に京都大学の教授陣を対象にした反共工作が行われ服部峻治郎総長とUSIS神戸支部が、吉川幸次郎文学部教授、高坂正顕教育学部教授らを米国に派遣し反共主義者として教育した。
帰国後はこれら反共派がUSISと接触を続けるとともに、各学部の主導権を握り、左派封じ込めに成功したとしている。
高坂が米国政府の影響下にあったことが公式に証明された。

職歴

1923年、京都府立大学助教授
1936年、東京文理科大学助教授
1939年、京都帝国大学人文科学研究所教授
1951年、関西学院大学文学部教授
1955年、京都大学教育学部教授
1961年、東京学芸大学学長
1967年、国立教育会館館長

[English Translation]